149 「衝撃の身元判明」
橘がデスクに向かい、黙々と資料をまとめていると、突然、ドアが勢いよく開かれた。
「橘さん、良かった、いてくれて……!」
息を切らしながら入ってきたのは篤志だった。顔には焦りが滲み、目はどこか怯えているようにも見える。
「おい、どうした?そんなに慌てて。」
橘は資料から目を離し、ちらりと篤志を見た。
冷静な表情で、特に驚いた様子はない。
「今、聞いたんですけど……今朝の身元不明者の身元が判明しました。」
「そうか、それで?」
橘は淡々と答え、再び資料に目を戻した。
まるで他人事のように、特に興味を示していない様子だ。
篤志はその態度に苛立ちを覚え、思わず声を荒げた。
「橘さん、本当に聞いてますか?これ、笑い事じゃないですよ!」
橘はゆっくりと顔を上げ、篤志を見つめた。
口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
「お前、何そんなに興奮してんだよ。ちょっと落ち着けって。ちゃんと聞いてやるから。」
軽く肩をすくめ、椅子の背もたれに体を預けた。
だが、その態度が篤志にはさらに苛立たしく感じられた。
「橘さん、笑ってらんないですよ!」
その言葉に、橘の笑みがわずかに消えた。
「だから何だよ?早く言えよ。もったいぶらずに。」
その瞬間、篤志の目に緊張が走った。
「……今朝の身元不明の男、井上ひさしです。あの……朝比奈麗子を事故死させた…。」
その名前を聞いた瞬間、橘の表情が凍りついた。
最初は半信半疑のように、眉をひそめていたが、次第にその顔が変わっていく。
目が大きく見開かれ、口元が引き締まり、頬がピクリと震えた。
「……やられた……!」
低い声が漏れる。
その瞬間、橘の顔には明らかな怒りの色が浮かんだ。
拳が震え、机の上の資料がカタカタと音を立てる。
目には憎悪の炎が燃え盛っていた。
篤志は橘の変貌ぶりに息を呑んだ。
先ほどまでの余裕の笑みは消え去り、そこには冷徹な怒りが宿っている。
橘の体から感じられる圧迫感に、篤志は思わず一歩後ずさりした。
「橘さん……」
篤志の声はかすれていた。
だが、橘は答えない。
その目は、まるで獲物を狙う猛獣のように鋭く光っていた。
室内に緊迫した空気が漂う。
橘の怒りの理由を知っているのは、篤志だけだった。
そして、その怒りがどこへ向かうのかを思うと、篤志の背筋は凍りついた。




