141 「心配事と、まいの表情の違和感」
1人でいる時と、まいと一緒にいる時の気持ちの持ち方が、こんなにも違うとは思わなかった。
1人でいると、どうしても頭に浮かんでしまう。
あの事故未遂のことが、何度も何度も脳裏をよぎる。
もし、あれが偶然ではなく、誰かの意図的なものだったとしたら……
もし、あの時ぶつかっていたら、俺とまいは今頃……
考えれば考えるほど、恐ろしくなり胸の奥がざわつき、不安が広がっていく。
でも、まいと一緒にいる時だけは、その不安を忘れられる。
まいの明るい笑顔、少し天然な言動、そして、ふとした瞬間に見せる無防備な仕草。
その全てが、俺の心を和らげ、現実の重さを軽くしてくれる。
「謙、どうしたの?まだ怒ってるの?」
急にまいの声が聞こえ、ハッと我に返った。
まいは心配そうな顔で俺を見つめている。
「え?」
「だって、さっき肩叩いちゃったから。まだ怒ってるのかなって思ったの」
まいは少し申し訳なさそうに目を伏せた。
「ああ、あれか。違うよ、全然怒ってない。…ただ、まいとこうしてると、心配事や嫌なことを考えないで済むなって、そんなことを思ってただけだよ」
本音を言うのは少し恥ずかしかったが、自然に口から出た。
それだけ、まいの存在が今の俺にとって大きいのだと思う。
「え〜、何それぇ〜。なんか私が変な感じじゃん!」
まいはぷくっと頬を膨らませ、ふざけた表情を見せた。
その可愛らしい仕草に、思わず笑ってしまう。
「違うって。癒されてるんだよ、本当に」
笑いをこらえながらそう言うと、まいは一瞬きょとんとしたが、すぐに照れくさそうに微笑んだ。
しかし、そのまま少し間を置いてから、まいは真剣な表情で尋ねてきた。
「ねぇ、謙。なんか心配事とかあるの?」
その質問に、一瞬、息が止まった。
まいの瞳は澄んでいて、誤魔化しの効かない純粋な眼差しだった。
思わず視線を逸らしてしまう。
「…あ、ううん、別に…」
一瞬、嘘をつこうとしたが、まいの視線が痛いほどに真っ直ぐで、言葉が続かなかった。
まいも気まずそうに視線を落とし、少し後悔したような表情を浮かべた。
「…ごめん、聞いちゃいけなかった?」
その言葉が妙に胸に刺さった。
「いや、そんなことないよ。ただ…」
俺は覚悟を決めて、視線をまいに戻した。
「この前の事故未遂のことが、どうしても頭から離れなくてさ。もし、あれが偶然じゃなくて、誰かが故意にやったものだとしたら…って考えると、怖くなるんだ」
言葉にしてみると、その恐怖がより現実味を帯びて、自分の中で確かなものになるような気がした。
まいの表情が一瞬、固まった
その瞳が、わずかに揺れたように見えた。
しかし、すぐにいつもの明るい笑顔を取り戻し、
「そんなの考えすぎだよ!きっと偶然だって!謙、心配しすぎなんだから!」
明るく笑って言い切った。
まいの笑顔はいつもと変わらず、明るくて可愛らしい。
でも、ほんの一瞬だけ、まいの瞳にかすかな影を感じた気がした。
まるで、何かを隠しているような、そんな気配が。
(…なんだろう。今の表情は?いや、気のせいか…)
胸の奥が少しざわつく。
まいは、何かを隠しているのか?
いや、そんな事はない…
俺は自分の考えすぎだと思うことにした。
まいはいつも通り、俺を気遣ってくれているだけだ。
ただ今の俺にはその疑問を口にすることはできなかった。
まいは俺をじっと見つめている。
その瞳は純粋で、まるで全てを包み込むような優しさに満ちている。
疑う自分が悪いような気がして、結局、俺は笑って誤魔化すことにした。
「…そうだな、俺の考えすぎかもな」
そう言うと、まいはホッとしたように微笑んだ。
だけど、心のどこかで引っかかっていた。
あの一瞬の表情の違和感が。
まいの笑顔の裏に隠された、本当の気持ち
俺はそれ以上、疑問を抱くことをやめた。
まいが隠しているように見えた影も、きっと気のせいだ。
俺はそう自分に言い聞かせ、まいの笑顔を見つめ続けた。




