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135 「心温まる再会、笑顔の先に」


駅に着き、マンションへと向かう道を歩いていると、部屋の窓に灯りがついているのが見えた。

「もう香が来てるのかぁ」

橘は自然と足を速め、心が少し弾むのを感じながらマンションのエントランスに入った。


エレベーターのボタンを押し、3階の数字が光るのを確認する。

上昇するごとに表示が1、2と変わり、ようやく「3」のランプが点いた。

静かに扉が開くと、橘は一息ついて廊下へと足を踏み出した。


部屋の前まで来ると、中から掃除機の音が聞こえてきた。

「やばいな……」

橘は思わず苦笑いを浮かべた。


優しい言葉をかけてもらえるのを想像していたが、この様子だと、きっと「掃除くらい自分でしなさいよ」とか「そんなに忙しくて時間がないの?」と小言を言われるに違いない。

そんな光景が頭に浮かび、橘は思わず微笑んだ。

それでも、香が待っている部屋へ帰れることが嬉しかった。


鍵を開けて扉を開くと、中から香の声が聞こえた。

「お帰り!」

自然と口から

「ただいま」

と言葉がでた……


構えていた小言はなく、代わりに明るい笑顔と共に優しい声が返ってきた。

「ちょっと待ってて、もう少しで終わるから」


拍子抜けしてしまい、思わず笑みがこぼれる。

「純一、どうしたの?なんか面白いことでもあった?」

香はその様子を見逃さなかった。


「いや、別に。ただ、部屋が散らかってたから怒られるかと思ってさ。でも香が優しくて、俺の勘違いだったみたいで笑っちゃっただけ」

照れくさそうに言うと、香は一瞬きょとんとした後、ふっと微笑んだ。


「純一、安心して。これから文句言うから、落ち着いて待っててね」

いたずらっぽく笑う香の顔を見て、橘は思わず吹き出した。


二人の間に漂う温かい空気。

からかい合う会話の中に、お互いを大切に思う気持ちが隠れていた。


「香、ケーキ買ってきたよ」

玄関を入るなり、橘は袋を掲げて見せた。

「ありがとう!」

香は嬉しそうに微笑んだ。


「今日、早めに終わったからメールしたんだけど、純一も今日は早かったんだね。返信がすぐ来たからびっくりしたよ」

エプロン姿の香が、キッチンから顔を覗かせる。


「今日は、たまたまね」

橘は照れ隠しのように笑いながら答えた。


香はいたずらっぽく目を細める。

「いつもは既読にもならないもんねぇ〜」


「ごめん、ごめん。わざとじゃないから。ほんといつも反省してます…」

橘は両手を合わせて謝った。


「まぁ、いいけど!」

香はくすっと笑い、許すように肩をすくめた。

「テーブル座ってて。今日はビーフシチュー作ったから」


「ビーフシチュー?」

橘の目が輝いた。

「夜になったら急に冷えてきたから、温かいものがいいかなぁと思って」

香は得意げに言いながら、鍋の中をかき混ぜている。


「豪華だなぁ!なんか急に腹減ってきた」

橘はお腹をさすり、にやりと笑った。


キッチンから漂うシチューの香りが、二人の空間をより一層温かく包み込んでいた。


「うんまぁ!」

あまりのおいしさに、純一は思わず声を漏らした。

濃厚なビーフシチューの味わいが口の中に広がり、思わずスプーンを握る手に力が入る。


香はその様子を見て、クスッと笑った。

「ちゃんと食べてる? 仕事は体力勝負なんだから、しっかりしたもの食べないとダメだよ〜」


香は純一よりも三つ年上。

いつもどこか姉のように彼を気にかけている。

その優しい眼差しに、純一は自然と笑顔になった。


「うん、ちゃんと食べてるよ。その辺は心配いらないから」

そう言いながら、スプーンを口に運び続ける。


「ならいいんだけど。あんまり無理しないでね」

香の声は穏やかで、まるで優しく包み込むようだ。


「わかってる。心配かけないように気をつけるから」

純一は照れくさそうに笑うと、視線を皿に落とし、さらに勢いよく食べ始めた。

「これ、まだおかわりある?」


香は目を丸くして笑った。

「あるよ。えぇ、もう食べたの?」

驚きながらも、嬉しそうに目を細める。


「すごく美味しいから、つい…」

純一が頭をかきながら言うと、香は優しく頷いた。

「もう少し落ち着いて食べなぁ。ビーフシチュー、たくさんあるから」


そう言って、純一の皿を手に取り、キッチンへと向かう。

その背中には、どこか面倒見の良い姉のような温かさが滲み出ていた。


キッチンから漂うシチューの香りと、香の優しい声が、部屋を暖かく包み込んでいた。




食事を終え、まったりとした時間が流れる中、香が立ち上がった。

「純一、コーヒーどこにあったっけ?」


「あぁ、この前なくなったから、新しいの冷蔵庫の野菜室に入れといたよ」


その瞬間、香はピタリと動きを止めた。

次の瞬間、彼女はお腹を抱えて笑い出した。


「えっ? 何、そんなに笑うことあった?」

純一はきょとんとした顔で香を見つめた。


香は笑いを堪えきれず、涙を浮かべている。

「インスタントコーヒーを、野菜室にしまう人、初めて見た! 多分、純一しかこの世界にいないよ〜!」


それを聞いた途端、純一は一瞬ポカンとしたが、すぐに自分の珍行動に気づいた。

「マジか……普通は入れないの?」


「当たり前でしょ!」

香は再び笑いの波に飲み込まれた。

声を押し殺すようにしながら、それでも肩を震わせて笑っている。


その姿があまりにも楽しそうで、純一もつられて笑い出した。

気づけば二人とも涙を流して大笑いしていた。


やっとのことで笑いが収まると、香が息を整えながら言った。

「純一は、刑事としてはすごいのかもしれないけど、他がねぇ…」

そう言いながら、また吹き出しそうな顔で純一を見つめる。


「まぁまぁ、ケーキ食べよ」

純一がそう言って場を収めようとするが、香の口元はまだ笑いが残っていた。


キッチンから戻ってきた香は、時折思い出したようにクスッと笑いながら、テーブルにケーキとコーヒーを並べた。

インスタントコーヒーの話題は、すっかり香のツボにはまったようだ。


部屋には笑い声の余韻が残り、温かく和やかな空気が流れていた。


しばらくお互いの近況を話して、笑い声が絶えない時間が続いていた。

ふと、純一が思い出したように切り出した。


「香、そういえば、今度友達と飲みに行こうよ。香も一緒にどう?」


香は少し驚いたように目を丸くしてから、いたずらっぽく微笑んだ。

「純一に友達なんていたんだ〜?」


「おい、失礼なこと言うなよ!」

純一はムッとしたふりをしてみせたが、すぐに笑顔に戻った。

「高校の同期で、いいやつなんだ。部活の仲間でさ、今扱ってる事件にちょっと関係してて、それがきっかけで再会できたんだよ。彼女もすごくいい子でさ」


「へぇ、いいじゃない!」

香の目がキラリと輝いた。


「初めてだね、純一の友達に会えるの。なんか嬉しいかも」


「そっかぁ? 今まであんまり意識してなかったけど」

純一は照れくさそうに後頭部をかいた。

「友達と会ったりすると、香が気を使うかなと思ってたんだけどな」


香は小さく首を振って、目を細めた。

「逆だよ。純一が大事にしてる友達に会えるの、私も嬉しいの。だって、それって私のことをちゃんと大事に思ってくれてるってことじゃない?」


その言葉に、純一は一瞬ドキッとした。

照れ隠しにカップを持ち上げ、コーヒーを一口飲んだ。

「そうか、そういうもんなんだな」


香は微笑みながら、純一の目をまっすぐ見つめた。

「うん。だから絶対行くから、日にちが決まったら早めに教えてね。すっごく楽しみにしてるから」


「おう、わかった。ちゃんと連絡するよ」


香の顔には嬉しさがにじみ出ていて、目が輝いていた。

純一はその笑顔を見て、ふと胸が温かくなるのを感じた。

「そうか、こんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」

心の中でそう呟きながら、純一も自然と微笑んでいた。







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