134 【安らぎの時間、君の笑顔】
丸山たえこの足取りを追い続けた橘は、調査を一区切りつけて時計を確認しようと携帯を取り出した。
画面には未読のメール通知が表示されている。
「18時か…今日は久しぶりに早く上がれそうだな」
呟きながら、橘は篤志に電話をかけた。
呼び出し音が数回鳴った後、篤志が出る。
「お疲れ様です。どうしましたか?」
橘は軽く咳払いをしてから口を開いた。
「篤志、そっちはどうだ?進展はあったか?」
「少しずつですが、気になることが出てきました。
今、報告しましょうか?」
「いや、電話で話すのもなんだ。明日でいい」
「分かりました。橘さんの方はどうですか?進展ありましたか?」
橘は一瞬考えてから答えた。
「俺の方も少しな。…なんとなく繋がりそうな気がしてる。
でも、今はまだ確証がないからな。続きは明日にするつもりだ」
一呼吸置いて、声の調子を少し柔らかくする。
「だから篤志も今日はもう切り上げろ。無理するなよ」
篤志は意外そうな声を出した。
「そんなこと言うなんて珍しいですね。香さんですか?」
橘は苦笑した。
「まぁな。たまには会わないと、俺もヤバいからな」
篤志が笑い声を漏らす。
「いいじゃないですか。香さん、忙しい人なんだから…
今夜はゆっくり過ごしてくださいよ」
「お互いにな。…じゃ、電話切るぞ。お疲れ!」
「お疲れ様です!」
通話を切ると、橘はしばらく携帯を見つめたまま、物思いにふけった。
──そうだな…久しぶりだもんな。
橘はふと、香の喜ぶ顔を思い浮かべた。
「何か土産でも買っていくか…」
考えるだけで、自然と顔が緩む。
毎日が緊張の連続で、張り詰めた神経を抱えながら捜査に挑む刑事の仕事。
だが、香と過ごす時間だけは、そんな重圧から解放される唯一のひとときだった。
──香との時間。
それは橘にとって、かけがえのないやすらぎだった。
そう思うと、足取りが少し軽くなった気がした。
橘は土産を手に電車に飛び乗った
──今日は、香の笑顔が見たい。
電車の窓越しに広がる夜景は、ネオンの光が宝石のように輝いていた。
赤や青の光がリズミカルに瞬き、街全体を幻想的に照らしている。
流れていく景色を眺めながら、橘はその美しさに思わず見入ってしまった。




