130 「朝の幸せなひととき」
ふわり、とまぶた越しに感じる朝の光。
再び、ゆっくりと目を開けると、視界いっぱいにまいの顔があった。
俺の腕の中で、まいはじっとこちらを見つめている。
ふわふわと乱れた髪、まだ少し眠たげな瞳。
その表情があまりに愛らしく、思わず息をのんだ。
「……おはよう」
まいが小さな声で囁く。
「おはよう」
俺も自然に微笑み、同じ言葉を返した。
その瞬間、まいがふわりと俺にしがみついてきた。
柔らかい感触と甘い香りが鼻をくすぐる。
「本当、謙なんだからぁ〜」
まいはふくれっ面をしてみせるが、その表情には照れくさそうな笑みが浮かんでいる。
「え? 俺、何かしたか?」
訳が分からず首を傾げる俺に、まいは潤んだ瞳を向けながら、少し拗ねた声で言った。
「……なんで昨日、寝ちゃったのぉ〜?」
寝ちゃった?
一瞬、何のことか分からなかったが、昨夜のことを思い出し始めた。
確か、風呂から出てベッドに横になって……。
そのまま寝た。
ようやく、まいの言葉の意味を理解した。
つまり、まいは俺が待ってると思っていた、だが俺は先に眠ってしまったのだ。
だから、まいは裸……?
すべてが繋がった瞬間、顔が熱くなるのを感じた。
「……まい、ごめん! 俺、昨日寝ちゃったんだな。起きてるはずなのに……」
「ううん、いいの。全然怒ってないよ」
まいは優しく微笑むと、俺の胸に顔を埋めた。
そして、小さな声で続けた。
「ありのままの姿で、謙の腕の中で眠って、目覚めた時、すごく幸せだって思ったの……」
その言葉に、胸が締めつけられた。
まいが感じていた幸せと、俺が感じた混乱はまったく違っていた。
俺は、なんてバカなんだ。
昨日の出来事を思い出せずに焦っていた自分が恥ずかしくなった。
まいがどれだけ俺を想っているのか、どれだけ俺に心を許しているのか、今さらだが痛いほど理解した。
「謙、今、変なこと考えてたでしょ?」
まいがじっと俺を見つめる。
その瞳は、まるで俺の心の中を見透かしているかのようだ。
「えっ、な、なんでそう思う?」
「だって、謙が目覚めた時の顔、いつもと全然違ったもん」
「いや、そ、そんなことないよ。俺はただ、こんなに綺麗なまいが俺の腕の中で寝てて、幸せだなぁって……」
照れ隠しでそう言うと、まいはぷっと笑った。
「やっぱり、変だよ。謙って、もっと素直な顔するもん」
「そ、そんなことないって!」
「あるもん!」
その可愛らしいまいの顔を見てつい、いたずら心が湧き上がった。
俺はそっと手を伸ばし、まいの脇腹を軽くつついた。
一瞬、身体がぴくりと反応する。
「きゃぁ……」
かすかな声が漏れる。
「謙、なにやってんのよぉ〜」
笑いながら
今度は両手を使って、まいの脇腹をくすぐった。
その瞬間、まいの身体がビクンと大きく跳ねた。
「きゃあっ! や、やめて! け、謙、やめてよぉ〜!」
必死に抵抗しながら、体をよじらせるまい。
その様子があまりにも可愛くて、俺はさらに手を動かした。
「きゃははっ! も、もぉ無理っ! や、やめてぇ! ほんとに、ほんとにやめてぇぇ!」
涙を浮かべながら、必死に俺の手を振り払おうとする。
だが、容赦はしない。
「まい、覚悟しなさい」
俺はそう言って、さらにくすぐりを強めた。
まいの顔は真っ赤になり、目尻には涙が浮かんでいる。
「や、やだぁ! け、謙のバカ! やめて、ホントに、や、やめ……あはははは!」
笑い声が部屋中に響き渡る。
その声があまりに楽しそうで、俺の胸が温かくなった。
「はは、面白いな、まいって。こんなに弱いのか?」
「ひ、ひどい! あ、朝から何してるのよぉ〜!変態!」
必死に抵抗しながら、まいは俺を睨みつけた。
でも、その顔は怒っているというよりも、泣き笑いしているように見える。
俺はようやくくすぐるのをやめて、まいをじっと見つめた。
肩で息をしている彼女の顔は赤く染まり、瞳には涙の粒が光っている。
「かわいい…」
その一言が、頭の中を駆け巡った。
俺は、つい微笑んでしまった。
「もぉ〜! 謙のバカ! 絶対許さないから!変態謙!」
そう言った次の瞬間、まいの瞳がキラリと光った。
「えっ、ちょ、ちょっと待て。まい?」
「今度は、私の番!」
まいが勢いよく俺に飛びかかってきた。
そのまま、俺の脇腹に手を差し込み、くすぐり返してくる。
「うわっ! や、やめろ、まい! わ、わかった! ごめん、ごめんって!」
「許さない! 謙が泣くまでやめないからねぇ〜!」
まいの反撃は容赦なかった。
俺はベッドの上で転がり、必死に阻止しようとしたが、無理だった。
「あはははっ! や、やめて! ま、まい、まいってば! あははは!」
笑い声と、じゃれ合う音が部屋中に響き渡る。
まいは、目を細めて楽しそうに笑っている。
その顔があまりにも幸せそうで、俺は反撃するのをやめて、ただ彼女の笑顔を見つめていた。
「謙、弱すぎ!」
「いや、まいが強すぎるんだよ!」
「へぇ〜、じゃあもっと強くしてあげる!」
「や、やめろ! 本当にギブ、ギブだって!」
俺は両手を上げて、降参のポーズを取った。
それを見て、まいはようやく手を止め、満足そうに微笑んだ。
「もぉ、朝から何してるのよ、謙のバカ」
そう言いながら、まいは俺の胸に顔を埋めた。
「でも、すごく楽しかった」
まいの柔らかい声が耳元に響いた。
その瞬間、俺の胸の奥が温かくなった。
俺はまいの両腕を掴み、反転させておおいかぶさった…
彼女の髪が広がり、大きな瞳が俺を見上げる。
なんて可愛いんだろう。
ゆっくりと顔を近づけていく。
まいの頬がほんのり赤く染まり、瞳が潤んだように揺れた。
「……おはよう」
微笑みながら、あえてもう一度
囁くように言ってから、そっと唇を重ねた。
朝の光が、2人を優しく包み込んでいた。




