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121 「夜のドライブと、前触れのないキス」


東名高速から首都高へ入り、芝浦を抜けて羽田方面へと車を走らせる。

流れる夜景がフロントガラス越しに広がり、光の粒がゆっくりと滲んでいくようだった。


助手席のまいが、横の窓の先を見つめながらぽつりと呟いた。


「謙、本当に今日は最高にいい日だね。夜景もこんなに綺麗……」


その横顔は、ネオンの光を受けて柔らかく輝いている。


「そうだなぁ……」


俺は前を見据えたまま答える。


——よし、ここは決めるぞ。


「でも、この夜景よりもまいの方がもっと綺麗で眩しいよ」


完璧だ。

今の俺はきっと、ドラマの主人公みたいにスマートな顔をしているに違いない。

ところが——


「……っ!」


まいが吹き出した。


「謙はダメ! そういうの、似合わないよ……普通でいいの」


笑いながら小さく首を振るまいに、俺は苦笑しながら肩をすくめる。


「ごめん、調子に乗りすぎた……」


「でも、嬉しいよ。ありがとね」


ふと、まいの声が少しだけ沈んだのがわかった。


「まい……どうした?」


不安になって問いかけると、まいは夜景から目を離さず、小さく息を吐いた。


「大丈夫……ただ、今が幸せすぎて、この先が怖いの」


夜の光に照らされたまいの横顔が、どこか儚く見える。

俺は何と答えればいいのか、しばらく考えた。


「……まい。俺はまだ、昔のことを何も思い出せない。この先もずっと思い出せないかもしれない」


まいは黙ったまま、じっと耳を傾けている。


「でも、今、一緒にいるのは事実だ。この先もこのままでいいじゃん」


そう言うと、まいはわずかに肩を揺らした。


「まいは俺を信じてくれた。その事実だけは絶対に忘れない」


俺はハンドルを握り直し、ゆっくりと前を向く。


「だから、俺もまいを大切にする。怖がることなんてない。……俺を信じてくれ」


まいは何も言わなかった。

ただ、窓の外を見つめたまま微動だにしない。


——多分、涙を流しているんだろう。


そう思うと、これ以上言葉を重ねるのは違う気がして、そっと黙ることにした。


車は羽田を抜け、湾岸線を通り、山下公園へ。

公園沿いのパーキングに車を停めると、静かな波の音が遠くに響いていた。


「降りるか」


俺がそう促すと、まいは頷いて車を降りる。


少し冷たい潮風が吹いて、彼女の髪がふわりと揺れた。


「まい、寒くないか?」


「大丈夫だよ」


俺たちは並んで歩きながら、海の方へ向かう。

目の前には、夜の闇に浮かび上がるレインボーブリッジの美しいシルエット。


ふと、風に煽られたまいの髪が乱れた。

彼女は自然な仕草でそれをかきあげる。


その横顔を見た瞬間、俺は無意識に彼女の名前を呼んでいた。


「……まい」


まいが俺の方を向く。


「うん?」


その声が聞こえた瞬間——


俺は、まいの首にそっと手を添えた。

驚いたように瞳を見開くまい。


だが、そのまま——ゆっくりと、俺の腕の中へと引き寄せて

前触れのないキス。


まいは一瞬戸惑ったようだったが、次の瞬間、ふっと力を抜いて俺に身を預けた。


彼女の唇は少し冷たくて、それでいて柔らかかった。

潮風の中で触れるぬくもりが、まるで時間を止めたように感じる。


ゆっくりと唇を離すと、まいはほんのり頬を染めて俺を見上げた。


「……まったく、謙なんだからぁ」


照れくさそうに微笑むまいの姿に、俺はくすっと笑う。


今夜、俺たちは確かに、同じ時間を生きている。

そして、この先も………きっと。



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