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116 「アウトレットデートと平和な俺たちの時間」



まいは俺の手を引いて、気になる店を見つけると片っ端から覗き込んでいく。

ブランドには関係なく、少しでも興味を持ったものがあれば足を止め、俺を引っ張って店の中へ。


「謙、これどうかな?」


まいが手に取ったのは、派手めなデザインのシャツだった。

赤と黒のコントラストが目立つ、俺にしてはちょっと冒険しすぎなデザイン。


「……これ、俺には派手すぎないか?」


まいはシャツと俺の顔を交互に見て、納得いかないように首をかしげる。


「いい感じだと思うんだけどなぁ~。まぁ、謙がそう言うなら……じゃあ次行こ!」


あっさりと次の店に向かうまい。


――そんな調子で、俺たちはアウトレット内の店を次々と巡っていった。

高級ブランドだろうがカジュアルブランドだろうが関係なし。

まいはとにかく「気になるもの」を基準に、俺を引っ張り回す。


さすがに俺も疲れてきた……。


「謙、ちょっとお茶でもしない?」


俺が待ちに待っていた一言を、まいがようやく口にした。


「する、する! その言葉、待ってた!」


安堵のため息をつく俺を見て、まいはクスクスと笑う。


「なに? もう疲れたの? まだまだこれからなんだよ!」


「……まじで?」


「今まで見たお店をもう一回まわって、最終的にどれを買うか決めるの!」


「……」


俺は思わず唖然とする。

まさか今までのショッピングが「下見」だったとは……。


「謙、心配しないでね! 今日は私に任せといて。謙のこと、もっとカッコよくしてあげるんだから!」


俺は何も心配してない。ただ、もう一回まわるって聞いて、ちょっと気が遠くなっただけだ……。




フードコートに到着し、俺たちはコーヒーを2つ注文する。

まいはさらにスイーツのケースを追加し、嬉しそうにテーブルへ向かった。


「ふぅ~、やっぱり歩き回ったあとのコーヒーは最高だね!」


「ほんとにな……」


椅子に腰を下ろした俺は、湯気の立つコーヒーをひと口飲んで、ホッと息をついた。


まいはスプーンを手にしながら、さっきまで見ていた洋服の話を夢中になって話し始めた。


「ねぇ、さっきのデニムジャケット、やっぱり似合うと思うんだよね! ちょっとワイルド系で、でもシルエットが細身だから謙にもピッタリでしょ? それに、さっきのシャツと合わせてもいいし……」


まいは興奮気味に話し続けるが、俺はぼんやりとまいの顔を見つめていた。

熱心に話すその表情はまるで子供みたいで、なんだか無性に愛おしくなる。


「……」


ふと微笑みがこぼれる。


「謙? ……謙??」


「……うん?」


「もぉ~! さっきから聞いてる!?」


「聞いてるよ?」


「何を?」


「……」


ヤバい、何も覚えてない。


「ほら! 聞いてないじゃぁ〜ん!!」


「いや、聞いてたよ、ちゃんと……!」


「じゃあ、今何の話してたの?」


「……えっと……」


答えに詰まる俺を見て、まいはじぃ〜と目で俺を見つめると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「また謙、私のオッパイのこと考えてたんでしょぉ~?」


「ちがう!!」


「じゃあ、なに考えてたのよぉ〜?」


「……それは……」


俺が口ごもっていると、まいは椅子から少し身を乗り出して、上目遣いで俺を見上げる。


「へ・ん・た・い!」


ゆっくりと、1文字ずつ区切るように言う。


「ち、ちがうから!!」


「じゃあ何考えてたの?答えないと許しません!」



「だからね、まいが夢中に話してる顔を見てたらさ、本当に可愛いなぁって思ったんだよ。それで、気づいたら話が頭に入らなくなってただけなんだって!」


俺は正直にそう伝えながら、少し微笑んだ。

本当に、それ以外の理由なんてなかった。

まいが楽しそうに話しているのを見ていたら、なんだか幸せな気持ちになって、つい聞き流してしまっただけだった……。


まいは一瞬驚いたように目を丸くした後、フフッと笑って、少し照れくさそうな顔で


「……仕方ない、謙、それなら許す!」


そう言いながら、まいはスプーンをくるくる回して、ちょっと得意げな表情を浮かべる。


「可愛いのも罪なんだねぇ〜」


自分で言っておきながら、まいは小さく肩をすくめて笑った。

その姿がまた可愛くて、俺は思わず吹き出しそうになる。


「俺たち、平和だなぁ……」


ふと、しみじみとそう呟くと、まいはピタッと手を止め、俺の顔をじっと見つめた。

その瞳には、少し懐かしさと嬉しさが混じっているように見えた。


「……やっとこの時間が帰ってきたんだもん」


そう言って、まいは優しく微笑む。

その言葉には、今までの色々な出来事が詰まっているような気がした。


「楽しまないとね」


まいのその言葉に、俺も微笑み返す。


本当に、その通りだ。

俺たちはやっと、一緒に笑い合える日常を取り戻したんだから。


コーヒーの湯気がゆっくりと立ち上る中、俺たちはその穏やかで幸せな時間を噛みしめるように過ごしていた。

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