114 「気になる、白のワーゲン」
走りながら、ふとバックミラーに目をやる。
「……あれ?」
後ろの車が、なんとなく気になった。
白のワーゲン。
駐車場を出てから、ずっと後ろを走っている。
「まぁ、偶然か。海鮮を食べて、帰る途中なのかもな」
そんなふうに勝手に想像しながら、特に気にすることもなく、俺はハンドルを握り続けた。
高速道路に入る。
「さて、ちょっと飛ばすか」
アクセルを強めに踏み込むと、俺のフィアットは軽快にスピードを上げていく。
小さなボディにしては、意外といい走りをする。
コンパクトで操作しやすく、まるで手のひらで転がしているかのようにスムーズに他の車を追い抜いていく。
「いいね……」
ハンドルを握る感覚が心地いい。
覆面パトカーがいないか、ルームミラーで後方を確認する。
すると――
「……まだいるのか、白のワーゲン」
さっきからずっと俺たちの後ろを走っている。
「まあ、帰る方向が同じなんだろうな」
そう思いながら、俺は速度を落とし、追い越し車線から走行車線へと移動した。
「これで抜いていくだろ」
ワーゲンはきっと、排気量の大きいエンジンで軽々と前へ進んでいくはずだった。
――が。
「……え?」
ワーゲンも同じように走行車線へと移動してきた。
俺が抜かれるのを待っていたのに、まるで俺に合わせるような動きだった。
「なんだ、抜かないのか?」
偶然か?……
まぁいいか、考えても仕方がない
俺は首を軽く振り、気を取り直して前に集中する。
「ま、たまたま同じペースなだけだろ」
――御殿場インター。
ETCゲートを通過し、左へ曲がる。
なんとなくルームミラーを覗くと――
まだ、白のワーゲンがいる。
「……ほんとに同じルートじゃん」
沼津に行って、帰りに御殿場。
「うん、これはもう王道デートコースだな」
俺たちと同じように、後ろの車の中も楽しく盛り上がっているんだろうか。
「……いや、うちのは爆睡してるけどな」
ちらっと助手席に目をやると、まいはぐっすり眠っていた。
穏やかな寝顔。
いつもは元気いっぱいで、よく喋るのに、寝ているときはこんなにも静かで無防備だ。
「……可愛いな」
思わず微笑んでしまった。
ワーゲンの中のカップルも、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。
彼女が寝てしまって、彼氏が静かに運転してる。
それとも、ずっと喋り続けて笑い合ってるのか?
「どっちにしても、楽しい時間なんだろうな」
考えてみれば、俺は昔にこんなデートコースを走ったことがあるのか?
そのときの俺は、こんなふうに隣で寝ている彼女の寝顔を愛おしいなんて思ったり…
ただ「また来ればいい」くらいにしか考えていなかったのかなぁ。どうだったんだろう…
でも今は――
まいが、こんなにも無防備に俺の隣で寝ていることが、たまらなく嬉しい。
大切な人と、一緒にいられることが、こんなにも幸せだったなんて。
「……まいを起こさないように運転しようかぁ」
そっとハンドルを握り直し、アクセルを少しだけ優しく踏み込んだ。
白のワーゲンは、まだ後ろにいる。
俺たちのペースに合わせているのか、それはわからないが……
でも今は、それを気にするよりも――
「まいが気持ちよく眠れるように、優しい運転をしよう」
そう思いながら、俺は御殿場のアウトレットへと車を走らせた。
消えた記憶と愛する人の嘘 115
「アウトレットでの悪戯」
アウトレットの駐車場に到着し、車を停める。
「ふぅ、着いたな」
エンジンを切ると、ふと目の前を通過する白のワーゲンが目に入った。
さっきからずっと一緒のルートだった車。
まるで俺たちをつけてきたみたいに、自然と隣の駐車スペースに滑り込んできた。
「どんな奴が乗ってるんだ?」
カップルだと思っていたけど……ちょっと気になったので、まいを起こさないように静かに様子をうかがう。
すると――
降りてきたのは、男が一人だけだった。
俺と同じくらいの年齢の男が、さっさと車を降りると、モールの方へ向かって歩いていった。
「なんだ、カップルじゃなかったのか」
勝手にデートコースをたどってるカップルだと思ってたけど、全然違ったみたいだ。
「さて、そろそろまいを起こすか」
でも、ただ起こすだけじゃつまらない。
ちょっとした悪戯をしてみたくなった。
ニヤリ。
俺は悪いことを思いついたときの、まいそっくりな顔になっていた。
――ツンツン。
まいの胸に、人差し指で軽く触れる。
「……反応なし」
少し間をおいて、もう一度。
――ツンツン。
「……まだ起きない?」
何度か繰り返すが、まいは微動だにしない。
「さすがにこれは鈍感すぎるだろ」
もう少し強めに……と考えた俺は、調子に乗って、両手で優しく胸を包み込んだ。
「……っ!?」
ふわっ……とした柔らかい感触が手のひらに広がる。
思った以上に心地よくて、ドキッとする。
「ヤバい、これやりすぎか?」
そう思って手を離そうとした、その瞬間――
「謙の変態!!!」
まいが突然目を開け、勢いよく叫んだ。
「うわっ!?」
俺は驚いて、慌てて手を引っ込める。
その拍子にシートに体がぶつかる。
まいはムスッとしながらも、どこか楽しそうに俺を睨んでいた。
「ツンツンしてるときから起きてたのに、どんどんエスカレートしてくるんだもん!」
「マジで!? じゃあ、寝たふりしてたの?」
「うん。エンジン切ったときにもう起きてたよ」
「……えぇ?」
「どうやって起こしてくれるのかな~ってワクワクしてたのに、まさか胸を触られるとは思わなかった!」
まいは腕を組んで、プクッと頬を膨らませる。
「……いや、それは違う! ただのイタズラで……」
「ふぅーん?」
「まいだって、病院でイタズラしようとしたじゃん! それと同じ!」
必死に弁解する俺を見て、まいは意地悪そうに笑う。
「謙、本当はまいのオッパイ触りたかったんでしょ?
正直にいってみなさい!」
「……っ! そ、そんなことない!」
「しょうがないなぁ~……謙が我慢できないのかぁ〜…仕方ないなぁ〜
今夜オッパイ触らせてあげようかな~?」
まいはイタズラっぽく微笑みながら、俺の肩をツンツンしてくる。
「どうしようかなぁ~?」
「……ちょ、ちょっと待て!」
俺の顔が一気に熱くなるのが自分でもわかる。
「だから! そういうんじゃないって!」
まいはそんな俺の反応を見て、大爆笑する。
「わかった、わかった! 言い訳はもういいから」
「……」
「まいは謙だけのものだから、別に気にしてないよ?」
にっこり微笑みながら、さらっと爆弾発言を投下するまい。
完全にマウントを取られた俺は、もう笑うしかなかった。
――車を降りる。
すると、まいが自然に俺の腕にしがみついてきた。
「……?」
まいは俺の顔を見上げながら、ニヤニヤ笑っている。
「ねぇ、謙?」
「……ん?」
「まいのオッパイの感触、どうだった?」
「!?」
またか!
完全に俺をからかってる。
でも、ここで負けるのは悔しい。
「……」
俺はしばらく考えて、ニヤッと笑い返した。
「……良かったよ」
「えっ?」
「柔らかかったし、帰ったらたくさんオッパイ触っちゃおうかな~?」
「……っ!!!」
まいの顔が一瞬で真っ赤になる。
「だ、ダメぇ~~っ!!!」
バシッ!と俺の腕を叩きながら、まいは慌ててモールへ向かって歩き出した。
「お、おい! そんなに本気で照れるなよ!」
「うるさい! もう知らない!謙のバァ〜カ!」
まいは耳まで真っ赤にしながら、俺の腕を引っ張っていく。
「ははっ、冗談だよ」
「もう~~! ほんと謙のバカ!!」
けど、こうやってふざけ合いながら歩くのも悪くない。
俺たちは、笑いながらアウトレットへと足を踏み入れた。




