109 「富士山と、ありのままの二人の想い」
しばらく車を走らせていると、目の前に大きな富士山が姿を現した。
空はどこまでも澄み渡り、雲ひとつない快晴。まさにドライブ日和だ。
「謙!謙!富士山!見える?ねえ、見える?!」
運転しながらまいが興奮気味に俺に話しかけてくる。
そのはしゃぎっぷりが子供みたいで、思わず笑ってしまった。
「目の前にドーンとあるんだから、嫌でも目に入るって」
「大丈夫、ちゃんと見えてるから。だから、まいは運転に集中な」
「わかってるよ〜!」
そう言いながらも、まいは満面の笑みで富士山をチラチラと見つめている。
「ねえ、謙。私の運転、怖くないでしょ?」
「……まあな」
「でしょ? だから安心して! なんか、こんなに運転してて楽しいの久しぶり!」
言葉の端々に、心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。
そして、ふっと少しだけ真剣な表情になって、まいが続けた。
「やっぱり、謙が隣にいてくれないとダメだなぁ」
「それは、俺がまたバカだからって言いたいんだろ?」
俺がからかうように言うと、まいはすぐにぷくっと頬を膨らませた。
「違うよぉ〜!」
そう言ってから、少し照れくさそうに、でもしっかりとした声で続けた。
「謙といると、本当の自分でいられるの。全部さらけ出せるっていうか……どんな私でも、謙は笑って受け止めてくれるでしょ? だから、緊張しないでいられるんだ」
まいの突然の本音に、俺は思わず言葉を失った。
なんて答えたらいいのか、すぐに言葉が出てこない。
それを察したのか、まいは急にムッとして怒り出した。
「ちょっと、謙! あのさぁ〜
なんで返事しないのよぉ〜?! そこ、すごく重要なとこなんですけど!!私が必死にいいこと言ってるのに、もしかして迷惑なの?!」
怒りながらも、どこか拗ねたような顔で俺を睨む。
まいらしい反応だな、と思いながら、俺は微笑み、優しく言った。
「違うよ……嬉しくて、言葉に詰まったんだ」
「……え?」
まいの顔が、一瞬でしおらしくなる。
「昨日とか、まいの様子がなんか違ってて、不安だったんだ。でも、それは俺の勘違いだったんだなって思って、ほっとした。今日、ドライブに来て本当によかった」
まいは俺の言葉を聞いて、少しだけ視線をそらした。
まいは何かを言おうとしたけれど、結局何も言わなかった…それでも横顔は穏やかで心のどこかで安心したのが伝わってくる。
いつもの元気いっぱいのまいとは違い、
その横顔を見て、俺は自然と微笑んだ。
気がつくと、富士山がまるで二人を見守るように、静かにそびえていた。
私、きっと、この景色と、この時間は、一生消えない瞬間……
俺の人生でこの時間は大切なひとコマになったにちがいない……
二人はそれぞれの想いを胸に抱きながら、車は静かに進んでいく。




