102 「胸に生まれる不安」
朝食をとりながら、何気なく今日の予定をどうしようかとまいに尋ねた。
けれど、まいの様子はどこか上の空だった。
「まい? 聞いてる?」
「……あぁ、ごめん、何?」
「だから、今日どうするかって聞いたの」
俺が改めて問いかけると、まいは一瞬考えたように目を伏せた。
「……どうした? なんかあった?」
「なんでもないよ。ちょっと考え事してて……」
「考え事?」
まいの表情を見つめると、どこか沈んでいるように見えた。
「謙にはまだ言ってなかったけど……お母さん、施設に入ってるんだ」
「……施設?」
「うん。認知症でね……もう長く入所してるの」
まいは静かにそう打ち明けた。
「そっか、大変だな……今日、会いに行くか?」
「ダメ!」
まいは驚いたように首を振った。
「どうして?」
「……事前に連絡しないと、会えないんだよね」
まいの声には、どこか迷いのようなものがあった。
「じゃあ、今度ちゃんと連絡しておいてくれよ。俺も挨拶したい」
「……無理だよ」
「なんで? 認知症でも話はできるんじゃないのか?」
「……」
まいは何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「俺なんか、記憶なくしてたとき、まいに冷たかったじゃん」
「そんなことないよ」
「いや、俺はまいに迷惑かけたと思ってる」
俺はまいの母親のことを何も知らなかったし、まいがどんな気持ちでそれを支えてきたのかも知らない。でも、少しでも力になれたらいいと思った。
「だから、俺にもできることがあれば協力させてくれ。今度でいいから、紹介してくれないか?」
まいはしばらく考えたあと、ゆっくりとうなずいた。
「……うん、わかった。今度段取りするね」
「ありがとう」
会話の流れが少し落ち着いたところで、もう一度まいに尋ねた。
「で、今日はどうする?」
まいは無言で考え込んでいた。
その様子を見て、俺は決断した。
「よし、今日は俺が決める」
そう言って思い出したように、ふと尋ねた。
「そういえば、うちって車あったっけ?」
その瞬間、まいが吹き出した。
「……もう! 謙って本当に私がいないとダメなんだから!」
ケラケラと笑うまいの姿を見て、俺は少しホッとした。
けれど――。
まいが笑えば笑うほど、俺の胸の奥には、形のない不安が静かに広がっていくのを感じていた。
それが何なのかは、まだわからなかったけれど……。




