101 「まいの動揺」
「謙、なんがスマホ、メールきたみたいだよ」
まいの声が聞こえたのは、俺が洗面所で歯を磨いているときだった。
「ん? なんか言った?」
振り返ると、まいがスマホを手に持って立っていた。
「メールが来てたよ」
「おぉ、サンキュー」
そう言ってスマホを受け取ったものの、すぐには確認せず、俺はそのまま顔を洗ってからテーブルに戻った。
「誰からのメール?」
「まだ見てない」
そう答えた瞬間、まいがムッとした顔になった。
「謙、前から言いたかったんだけど!」
「……はい?」
「メール送ってくる人の気持ち、ちゃんと考えてる?」
「いや、別に……」
「だからダメなの! もしかしたら急ぎの用事かもしれないでしょ! すぐ確認して、ちゃんと返事書きなさい!」
「……はいはい、わかりました。でもそんなに怒らなくてもいいじゃん」
「ダメ! だって私、待たされるのイヤだもん!」
「――あぁ、言ったね?」
俺は思わずニヤリとした。
「じゃあさ、なんで昨日俺のメール読まなかったんだよ?」
「えっ? うそ……?」
まいは慌てて自分のスマホを確認する。
すると、本当に未読のメールが残っていた。
「……昨日は忙しかったの!」
必死に言い訳をするまいを見て、俺は呆れながらも笑ってしまった。
「昨日、予定がなくなって退屈してたって言ってたじゃん」
「……」
まいはバツが悪そうに目を逸らし、しばらくして小さな声で「ごめん、気がつかなかった」と謝ってきた。
「まぁ、今気づいたんならいいけどさ。ほら、俺もメール確認するから」
「うん、早く見て」
俺がスマホを開くと、送信者は橘だった。
まいはすぐに「誰から?」と聞いてくる。
「橘」
「なんて?」
俺はまいの顔を見ながら、メールの内容を読み上げた。
「謙太郎、おはよう。早速だけど、まいちゃんに聞いたか?
お前が3月ごろに急に痩せた理由――もし何かわかったら教えてくれ。できたら早めに頼む。」
「……俺、去年の3月くらいに、そんなに痩せた?」
何気なくまいに尋ねると、まいの表情が一瞬固まった。
――ほんの一瞬だった。
でも、その一瞬の間に、まいの瞳が揺れたのを俺は見逃さなかった。
「えっと……」
まいは少し考えるように視線を落としたあと、言葉を選びながら答えた。
「確か……謙、その時、年度末で仕事が忙しいって言ってたよね? 夜も寝る暇がないって……それで疲れてたんじゃないかなぁ……?」
「……そっか、ありがとう」
俺は何気なく流そうとしたが、まいはなぜかまだ落ち着かない様子だった。
「それだけ?」
俺が冗談めかして、「可愛い奥さんは元気? とも書いてるよ」と言っても、まいはまったく反応しなかった。
――まいは、何かを隠している?
俺の心の奥に、うっすらとした違和感が広がっていった。




