65 みせかけ悪女は前世の宿敵(今世の旦那様)を困らせたい!
エレインがユーゼルとじっくり話す機会を得たのは、実に一週間後のことだった。
「……エレイン様、公爵閣下がお見えです」
あまり寝てばかりいると体がなまる……と密かにベッドで腹筋をしていたエレインは、やって来た侍女の言葉に慌てて微笑む。
「ありがとう。すぐに行くわ」
慌てて額に滲んだ汗をぬぐい、エレインは立ち上がる。
およそ二週間ぶりに顔を合わせたユーゼルは……エレインの姿を目にすると、ほっとしたように表情を緩めた。
「エレイン……!」
小走りで近づいてきたユーゼルに強く抱きしめられ、エレインは思わず赤面する。
「ちょっと、侍女が見て――」
「どうでもいい」
きっぱりとそう言い切るユーゼルに、何かを察した侍女たちはささっと退室してしまった。
残されたのは、ユーゼルとエレインの二人だけだ。
「君が後遺症もなく元気にしているということは報告を受けていたが……こうしてこの腕で抱きしめるまでは、ずっと怖かったんだ……」
殺しても死なないようなユーゼルとは思えない弱気な言葉に、エレインは目を丸くする。
(ユーゼルでも、弱気になることがあるのね……)
そう思うと、胸の奥から愛しさが込み上げてくるようだった。
「……大丈夫、私はここにいるわ」
そう囁くと、ユーゼルは大きく息を吐いた。
そんなユーゼルに、エレインは確認の意味を込めて呼びかける。
「……ユーゼル」
「どうした、エレイン?」
ユーゼルはすぐに、柔らかく微笑みながら問い返してくれた。
……どうやら今表に出ているのは、「ユーゼル」としての人格で間違いないようだ。
ということは――。
(やっぱり、私の決死の告白を覚えてない……?)
元々、エレインはイアンを片付けたらユーゼルに自身の想いを――これからも人生を共にしたいと伝えるつもりだった。
だが、予想外のアクシデントが発生したとはいえ、あれだけ情熱的に想いを伝えあったのが完全に忘れられてしまった。
再度想いを伝えなくてはならないとなると……どうにもこうにも恥ずかしいのである。
しかも、おそらくはユーゼルの中で「シグルド」もエレインの告白を聞くことになるのだろう。
あの何を考えているかわからない顔で「俺の時よりも落ち着いているな」などと評価されるのかもしれない。
(どんな羞恥プレイよ……!)
考えれば考えるほど、足踏みしてしまうのだ。
「あの、ユーゼル……あの日、宮殿の中で何があったか覚えてる……?」
おそるおそるそう問いかけると、ユーゼルは少し沈んだ表情で応えてくれる。
「……俺が覚えているのは、落下するシャンデリアから君を庇ったところまでだ。リアナによればその後一度は宮殿の外に出たが、まだ中に残っていた君を救出するために大広間まで戻ったらしい」
「そ、そうなの……」
(やっぱり忘れてる……!)
エレインとリーファとは違い、いまだにユーゼルとシグルドは人格や記憶が統合されていない。
それが今は、たまらなく憎らしく思えた。
(どっちも、好きなのには変わらないけど……)
せめて大事な情報くらい共有しておけ! と、二人並べて説教してやりたい気分だった。
エレインがそんな理不尽な思いを抱いているとは露しらず、ユーゼルはエレインを抱き寄せ告げる。
「なぁ……そろそろあの時の続きを聞かせてはくれないか?」
「っ……!」
彼の言う「あの時」がいつなのかは、すぐに察しがついた。
ユーゼルと二人で、時計台の上から王都を見下ろしたあの夜。
――「……もう少しで、心の迷いが晴れそうな気がするんです。そうしたら、先ほどの言葉にもきっとお返事ができます」
確かに、エレインはそう口にした。
過去のことは水に流して……いや、とても流せる気はしないが、きちんと自分の中でけりをつけて、伝えるつもりだった。
……エレインも、ユーゼルを愛していると。これからの人生を共にしたいと。
そのつもりだったのだが……。
(だって、ユーゼルの中にシグルドが眠っているなんて知らなかったんだもの……!)
ユーゼルに愛を伝えれば、彼の中にいるシグルドにも聞かれてしまう。
言ってしまえば、それがとてつもなく恥ずかしいのだ。
「焦らし上手だな、エレイン……」
顔を真っ赤にしてふるふると首を横に振るエレインに、ユーゼルは何を勘違いしたのか強く迫ってくる。
「ぁ、ちょっと……」
「もう待てない」
「ひぃ!」
(だから、まだ心の準備が……!)
パニックになったエレインは、とっさにとんでもないことを口走ってしまった。
「わ、私には来世を約束した人がいるの!」
「…………は?」
途端に、ユーゼルが地を這うような低い声を出す。
常人ならば一瞬で縮み上がってしまうような威圧感だが、エレインは徐々に冷静さを取り戻しつつあった。
(ごめんなさい、ユーゼル。あと少しだけ……時間をちょうだい)
前世も今世も、変わらずあなたに夢中だと。
今ここにいるユーゼルも、彼の中でこのやりとりを聞いているであろうシグルドも……どちらもたまらなく好きなのだと。
そう素直に伝える勇気が出るまで、もう少しだけ猶予が欲しいのだ。
(大丈夫。私たちには……まだまだ時間があるのだから)
あからさまな嫉妬を宿した視線を向けてくるユーゼルに、エレインはくすりと笑う。
これまで彼はずっと、エレインの心を翻弄し続けたのだ。
だから少しぐらい、意趣返しをするのは許してほしい。
「私に振り向いてほしいのなら、もっと本気で口説いてくださいな」
総挑戦的に微笑むと、ユーゼルはすっと俯いた。
怒ったのだろうか……と息をのむエレインの前で、ユーゼルはゆっくり顔を上げる。
「そこまで挑発するのなら……覚悟をしてもらおうか」
そう口にしたユーゼルは、ぎらりと目に闘志を宿らせながら笑っていた。
その表情に、エレインの背筋にぞくぞくと歓喜が這いあがってくる。
(そうよ、これよ……!)
砂糖菓子みたいに、ひたすらに甘い愛も悪くない。
だがこんな風に……抜身の刃を向け合うような、そんな刺激的な愛も時には欲しくなってしまうのだ。
「……お手並み拝見いたしましょうか」
「言ったな?」
強くエレインの肩を掴んだユーゼルが、性急に顔を寄せてくる。
エレインも目を閉じ、彼を受け入れる。
前世と今世――たっぷり二人分の、愛の海に溺れるために。
最後までお読みいただきありがとうございました!
前世と今世を巡る三角関係のようで一途なロマンス、いかがでしたでしょうか。
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