表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/65

64 これからの人生

「あぁ、エレイン様! よくぞご無事で! わたくしもう二度と離れませんわ!!」

「痛いわ、グレンダ……」


 ぎゅうぎゅうとグレンダに抱き着かれ、エレインは大きくため息をついた。


 ――ガリアッド公爵邸の私室にて。

 エレインはもう一週間も、静養を余儀なくされている。


(まさか、あの状況で生き残っちゃうなんて……)


 周囲を業火に包まれ、絶体絶命の状況の中……なんとエレインは生き残ってしまった。

 もちろん、ユーゼルも一緒に。

 二人が情熱的に告白し合っていた頃、兄と義姉(予定)がまだ中に残っていることを知っていたリアナは必死に二人を助けに行こうとしたそうだ。

 だが周囲に止められ、感情が暴走し……彼女の中に秘められていた魔力が覚醒した。

 リアナの「ユーゼルとエレインを助けたい」という思いは巨大な雲を呼び、宮殿に滝のような雨を降らせたのだ。

 その結果あれだけ燃え盛っていた業火はあっという間に鎮火し、エレインとユーゼルは見事生還を果たしたのである。


「あの時は本当に……まさに神の奇跡だと確信しました! やはりエレイン様は、わたくしの輝ける戦乙女……。これからも全力で推させていただきますわ!」

「ありがとう……?」


 グレンダの熱烈な声援に、よくわからないまま頷いていると、コンコン、と小さく部屋の扉が叩かれる。


「あら、どなたかしら。ユーゼル様は登城されているはずですが――」


 グレンダが応対するために立ち上がり、その際に聞こえてきた「ユーゼル」の名に、エレインはびくりと肩を跳ねさせる。


 ……あの絶体絶命の状況から救出されて約一週間。

 エレインは一度もユーゼルと顔を合わせていない。

 正確に言えば、エレインが眠っている間にユーゼルがこの部屋を訪れたことはあるらしいので、エレインの方が一方的にユーゼルと会えていないだけなのだが。

 短時間で抜ける薬を盛られたエレインに対し、ユーゼルは明らかに大きな怪我を負っていた。

 それでも彼は、既にガリアッド公爵として一連の事件の後処理に奔走しているのだとか。

 エレインも彼に会わなくては……と思ってはいるのだが、ただでさえ忙しいユーゼルをわざわざ個人的な理由で呼びつけるのも気が引ける。

 それに――。


(どんな顔して、会えばいいのよ……!)


 あれだけ情熱的に想いを伝えられたのは、半分くらいは「どうせあと少しで死ぬんだし」という極限の状況に背中を押されてのことだった。

 それが、普通に生還してしまったので……まさか穏やかな日常に戻ってユーゼルと顔を合わせる機会があるなんて、計算違いにもほどがある。


(いやでも、私が想いを伝えた相手はシグルドなのよね……。シグルドはユーゼルの意識が表に出ていた時の記憶もあるみたいだったけど、ユーゼルはシグルドの存在は知らなかったし……もしかしたら、何も覚えていない可能性も――)


 そう一縷の望みに縋っていると、グレンダと共にリアナが姿を現した。

 外出用のドレスを身に纏っている所から見ると、公爵邸に戻って来たばかりなのだろう。


「エレイン姉様、お加減はいかがですか?」

「リアナ……ありがとう。もうすっかり大丈夫よ。私もユーゼルの婚約者として、先の一件の対応を――」

「いけません! あと一週間は静養するようにとお兄様も言ってましたし!」

「でも、本当に大丈夫で……っ!」


 さすがに何も異常はないのに寝てばかりいるのは気が引ける。

 特に、ユーゼルやリアナが忙しくしているこの状況では。

 そんな思いを込めてそう口にしたのだが、リアナの目元に涙が光っているのに気がつき息をのんだ。


「お姉様、私心配なんです。お姉様まで、いなくなってしまったらと……」


 必死に涙を耐えるリアナの姿に、エレインの胸は痛んだ。

 ……彼女が懸想していたイアンは、あの火事で亡くなった。

 もっともエレインとシグルドしか知る者のいない彼の悪行は表に出ることなく、「神官として最後まで避難誘導を行い、逃げ遅れたのだろう」とその死を悼まれているそうなのだが。

 想い人を失ったリアナは、それでも気丈に振舞い、前を向いている。

 だが時折こうして……深い悲しみが表出してしまうことがある。

 少しでも彼女の悲しみを癒すためにエレインにできるのは、そのいじらしいお願いをそのまま受け入れることだけだった。


「……えぇ、ゆっくり休ませてもらうわ。リアナ、あなたも無理しちゃだめよ。あなたが倒れでもしたら、私は心配でどうにかなっちゃいそうだもの」

「ふふ、ありがとうございます、エレイン姉様。……お姉様がいてくださって、本当によかった」


 泣きぬれた顔で、それでもリアナは美しい笑顔を見せてくれた。


(そうね……これからも、リアナの傍でこの笑顔を守れるんだもの。うじうじしている場合じゃないわ)


 リアナは希少な魔力持ちであり、特にその能力が開花した今となっては誰もかれもが彼女を欲するだろう。

 どんな不届き者が彼女に近づいてくるかわからない以上、エレインがしっかりと守らなければ。

 前世と同じように……いや、今度は志半ばで彼女の下を離れたりはしない。

 ずっと傍で、守り続けるのだ。


(なんていっても私はリアナの義姉なんだもの! 家族なんだから合法的に傍にいられるわ! まぁ、ユーゼルと正式に結婚すれば、の話だけど……)


 彼のことを考えると、胸がじわりと熱くなる。

 ……彼と顔を合わせるのが怖い。だが、早く会って話したいことがたくさんある。


(二人が出会わない平穏な人生よりも、共に短い生を駆け抜ける方がいいってあなたは言ってくれたけど……一緒に、長く平穏な人生を過ごしていくのも悪くないと思わない?) 


 ぎゅっと抱き着いてきたリアナの頭を撫でながら、エレインはそっと思いを馳せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ