63 ずっと、あなたのことが
そっと視線を合わせ、エレインは小声で問いかける。
「今更だけど……あなたはシグルドなの? ユーゼルなの?」
それとも、エレインと同じように前世と今世が融合したような形なのだろうか。
そんなエレインの問いに、シグルドは汗ばんだ髪をかきあげながら答えてくれた。
「……シグルドだ」
「じゃあ、ユーゼルは?」
「ユーゼル・ガリアッドとしての意識は眠りについている。悪いが、最後まで主導権を渡すつもりはない。今まで散々君との時間を堪能したのだから、最後くらいは俺に譲らせる」
有無を言わさぬ宣言に、エレインは驚きと同時に呆れてしまった。
どうやらエレインとは違い、ユーゼルとシグルドは同じ体に別の人格が同居しているような状態になっているようだ。
「今までずっと、ユーゼルの中で君を見てきた」
「へ?」
「……随分と、あいつにほだされていたな」
「だ、だって……私にとっては、シグルドもユーゼルも同じなんだもの……」
まるで浮気を責めるような言い方をされ、エレインは思わずしどろもどろになってしまう。
「どちらも、私にとって大切な存在なのは変わらないわ」
そう言うと、シグルドは少しだけ安心したような表情を浮かべる。
「そうか……」
だがその直後、すぐ近くに燃え盛る柱が落ちてきて、シグルドが強くエレインを抱き寄せる。
……もう、残された時間がわずかなのは明らかだった。
「ねぇ、私たち……また、来世でも会えるかしら」
大きな恨みと誤解を抱きながら死に別れ、こうして生まれ変わっても、最後の最後にわかり合えたように。
また、次の人生でも彼と巡り合えるだろうか。
おそるおそるそう問いかけると、シグルドは今まで聞いた事がないような優しい声で告げた。
「会えるさ。俺が絶対に君を探す。だから、待っていてくれ」
その言葉に、エレインの目尻からぽろりと涙が零れ落ちた。
悲しみの涙ではない、紛れもない嬉し泣きだ。
……大丈夫。この言葉だけで、何もかもを信じられるから。
「待つのなんて嫌よ」
そう囁くと、シグルドは驚いたように身を固くする。
そんなシグルドの肩口に額を寄せ、エレインはくすりと笑って告げた。
「私も、あなたに会いに行くから」
その言葉に、シグルドは嬉しそうに笑った。
それはエレインが目にした、常に冷静で無表情なシグルドの、初めての笑顔なのかもしれなかった。
「……君はいつもそうだな。何もかもが、俺の思い通りにはなってくれない。そんな君だからこそ……祖国を、使命を捨ててでも傍にいたかった」
初めて聞けたシグルドの本音に、エレインの胸は熱くなる。
封印していた、シグルドへの想いが溢れて止まらなくなる。
その思いのまま、エレインは熱と煙でむせそうになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
「……ねぇシグルド。私、ずっと、あなたのことが――」
だが言葉の途中で、シグルドの指先がエレインの唇に押し付けられる。
「……俺の方から言わせてくれ」
涙を流しながら頷くエレインに、シグルドは静かな声で告げる。
「リーファ、君は俺にとって……太陽のような存在だった。初めてだった。誰かを目で追わずにはいられないのも、話しかけられると心が弾むのも……君が他の誰かに気を取られていると、嫉妬でどうにかなりそうなのも」
「……うん」
「最初は、当初の目的通り内側から君の国を壊滅させようと思っていた。だが、気がついたら……今までの人生なんてどうでもよくなるくらい、君に惹かれていた」
力の限り、強く抱きしめあう。
このまま触れたところから溶けあってしまえたらいいのに。そう思わずにはいられなかった。
「……たとえ悲劇の結末を迎えるとわかっていても、きっと俺は何度でも君に出会うことを願う。君を知らずに生きる平穏な人生よりも、君と共に短い生を駆け抜ける方がずっといい」
「私も……あなたに会えない人生なんて考えられない」
「あぁ、だから約束だ。また次も巡り合おう」
瞳に互いの姿が映りこむほど、至近距離で見つめ合う。
「……愛してる」
ほとんど同時にそう呟き、唇を重ねる。
なんて幸せな終わりなんだと、エレインはそっと目を閉じた。




