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58 宣戦布告

「……リーファ」


 過去の追想に浸っていると、イアンが焦れたように名を呼んだ。


「思い出せ、リーファ。シグルドが僕たちにしたことを。あの男さえいなければ、君があんな風に命を落とすことも、僕たちが愛した国が亡びることもなかった。すべてあの男のせいなんだ……!」

「……そうかもしれないわね」


 シグルドの犯した罪を許すことはできない。

 だが――。


「今のユーゼルに前世の記憶はないわ。私は……ユーゼルにシグルドの罪をかぶせて、断罪するつもりはない」


 はっきりと、そう告げる。

 その瞬間、イアンの表情が歪んだ。


「……強欲で浅ましい女だな、君は。公爵夫人という立場に目がくらんだか? そんな似合わない格好をして、さぞやいい気になっているんだろうな!」

「なんとでも言うがいいわ。ユーゼルは殺させない。リアナを利用することも許さない。今後、ガリアッド公爵家に害をなそうというのなら……私があなたを排除する」


 これは、宣戦布告だ。

 イアンがユーゼルを殺そうというのなら、エレインが返り討ちにしてやる。

 そんな決意を込めて、エレインはイアンを強く睨みつけた。

 イアンは表情を消し、じっとエレインを見つめる。かと思うと……急ににやりと笑ったのだ。


「情にほだされたか。残念だよ、リーファ。僕は君の実力を買っていた。だが――」


 イアンの手が、エレインの両肩を強く掴む。

 振り払う間もなく、イアンはそのままエレインを強く突き飛ばしたのだ。


「協力できないというのなら、最後に役に立ってもらおうか」

「っぅ……!」


 勢いよく突き飛ばされ、エレインの体がはしたたかに床に打ち付けられる。

 あたりにいた人たちが、驚いたように悲鳴を上げて飛び退いた。


(しまった……!)


 まさかイアンがこの場で直接的な手に出るとは思っていなかったので、対応が一瞬遅れてしまった。

 すぐに起き上がり反撃に転じようとしたが、頭上から何かが千切れるような音がして、エレインは反射的に上に視線をやった。

 そして、戦慄した。

 エレインの頭上――ブリガンディア帝国の威信を象徴するような巨大なクリスタルのシャンデリアが……真っすぐこちらめがけて落下を始めていたのだ。

 あまりに現実離れした光景に、エレインは息をのむ。

 起き上がれ、体を動かせ、逃げろ……!

 頭がそう指令を発するが、それが体に伝わるまでのほんのわずかな時間が命取りになる。


(だめだ、間に合わな――)


 エレインの優秀な頭脳が、残酷に判定を下したその瞬間――。


「エレイン!」


 必死に、名を呼ぶ声が聞こえた。

 次の瞬間、エレインの体は強く抱きすくめられ、そのまま掬い上げられる。

 一瞬、翡翠の瞳と視線が合った。

 エレインは彼の名を呼ぼうとしたが、シャンデリアが落下し、ガラスが砕ける轟音に掻き消されてしまう。


「きゃああぁぁぁぁ!!」


 優美な舞踏会の場で起こったまさかの出来事に、参加者たちは絶叫した。

 その声で我に返ったエレインは、慌てて自分を抱きしめる男――ユーゼルの安否を確認しようと体を起こす。


「ユーゼル!」


 ぐったりと倒れ伏す彼の腕が、エレインの腹部の辺りに巻き付いている。

 そして、彼の下半身は……シャンデリアの下敷きとなっていた。

 ……彼は身を挺してエレインを庇い、巻き込まれたのだ。


「っ……誰か! ガリアッド公爵の救出を手伝って!」


 エレインが声を張り上げると、幾人かの人間がはっとしたように駆け付けてくれる。

 その中には、リアナやグレンダの姿もあった。


「お兄様……! 嫌、お兄様ぁ!!」

「ユーゼル様……! 皆さま、どうか力をお貸しください! シャンデリアを持ち上げて!!」


 グレンダが声をかけると、彼女の信奉者と思わしき男たちが集まってくる。


(ユーゼル……)


 意を決して、エレインはユーゼルが佩いていた儀礼権を抜き、立ち上がる。

 ユーゼルはぐったりと目を閉じているが、呼吸はある。

 ……大丈夫、まだ間に合うはずだ。


「リアナ、お兄様をよろしくね。すぐにユーゼルと一緒にここから逃げるのよ」

「ですがっ……エレイン姉様は……」

「私には未来の公爵夫人としての仕事があるの。……大丈夫、すぐ追いつくわ」


 そっとリアナの額に口付けを落とし、エレインは憎悪を込めて一点を睨みつける。

 この事態を招いた男――イアンは、エレインの視線も、このパニックじみた状況も意に介さず笑っていた。

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