57 最期の記憶
美しい国と、女王を守るための戦いのさなか――いつからか、リーファはこちらの内情が敵にバレていることに気づいた。
陣形が、作戦が、撤退ルートが……何もかもが見透かされていた。
そのせいで、日を追うごとに犠牲が増えていく。
力尽きた仲間を弔うのが日常になるなんて、少し前までは考えられなかったのに。
――「この中に裏切り者がいる」
誰からともなくそう口にするようになり、仲間内での諍いも増えていった。
それでもリーファは、仲間を疑わなかった。
共に死地を駆け抜けた仲間を疑うことなんてしたくなかった。
……その甘い考えが、自らの死を招くとは知らずに。
その日は、国境付近で激しい防衛戦が繰り広げられていた。
一人、また一人と倒れていく旧友を目に焼き付けながら、リーファは歯を食いしばって防衛ラインを守っていた。
あと少し、あと少し耐えればシグルドの率いる援軍が到着するはずだ。
そんな希望を胸に、リーファは戦い続けた。
だが、どれだけ待ってもシグルドは来なかった。
もはや気力だけで立っていたリーファに、勝利を確信した敵軍の将は告げた。
――シグルドこそが、情報を他国に流していた裏切り者なのだと。
――彼は偶然行き倒れた記憶喪失の人間などではなく、最初からリーファの祖国を滅亡に導くために送り込まれたスパイなのだと。
その言葉を聞いた時の絶望は、今でもはっきりと思い出せる。
シグルドは裏切り者だった。今までの彼との思い出も、すべてが嘘だったのだ。
もしもリーファはシグルドを拾わなければ、こんな事態にはなっていなかったのかもしれない。
こんな風に、仲間が散っていくこともなかったのかもしれない。
あの時、シグルドを受け入れさえしなければ……!
爆発的な恨みが、憎悪が胸を満たす。
破壊衝動のまま、何もかもを壊し尽くしたくなる。
だが、リーファの中にはまだ隊を率いる長としての矜持が残っていた。
まだ生き残っている隊員に撤退を指示し、リーファは敵軍の将に向き直る。
奴はリーファを嘲笑いながら「降伏すれば命は助けてやる」などとほざいていたが、もちろん言うとおりになんてするはずがなかった。
――こいつの、シグルドの思い通りになんてなってやらない。
――最後の最後まで戦い……一人でも多く道連れにしてやる。
最後の気力を振り絞り、リーファは敵陣へと特攻した。
剣を振るい、向かってくる者を斬り伏せ、魔力をぶつけ、立ち塞がるものを吹き飛ばして。
あっという間に、敵将の下へと到達する。
――「待て! 交渉を――」
――「黙れ」
首筋に剣を突きつけ、恐怖で歪む顔を眺める。
すぐに将を守ろうと、敵軍の兵士が殺到してきた。
……それこそが、リーファの狙いだった。
(私はここで死ぬ。でも、この恨みだけは……絶対に消させない)
次に会った時は、絶対に……シグルドを殺し、復讐を遂げてやる。
その思いを胸に、リーファは全身の魔力を一点に集中させ……自分もろとも爆発させた。
リーファの体は、跡形もなく粉々に砕け散るだろう。
だが、構わなかった。一人でも多く、敵兵を道連れにできればそれでいい。
視界を覆いつくす光と、体ごと溶かすような熱と、すべてが吹き飛ぶような衝撃と――。
リーファが最期に見た景色は、案外綺麗なものだった。
……命を賭した特攻の結果がどうなったのか、リーファ――エレインは知らない。
確かなのは、その瞬間リーファは命を落としたことと、次に生まれ変わった時には……リーファが守りたかった国は、地図からきれいさっぱり消え失せていたということだけだ。




