55 戦いの始まり
「素晴らしかったですわ、エレイン様! お二人が華麗に舞う姿は、もう……永遠の語り草になること間違いなしです!」
ダンスが終わると、興奮した様子のグレンダが一目散に駆けてきた。
彼女が早口で二人のダンスを褒め称えるのに、エレインは内心で苦笑しつつ耳を傾ける。
「褒めすぎよ、グレンダ。……でも、ありがとう。少し自信がついたわ」
「そんなご謙遜を! エレイン様の舞うお姿はまさに妖精のようで……わたくし、涙が出ましたもの。で、ですから次は、わたくしと踊――」
「グレンダ嬢。あそこに君の信奉者が列を作っているようだ。早めに対処した方が良いのでは?」
「あぁん、いいところだったのにぃ……」
ユーゼルが指し示す方を見れば、確かにグレンダに熱視線を送る男性陣の集団が。
グレンダも名門侯爵家の令嬢という立場上、完全に無視することもできないのだろう。
ぶつぶつ言いながら、彼らの対処に向かっていった。
「まったく、ある意味彼女は強力なライバルだな」
「大人げないですよ、まったく……。でも、グレンダってモテるのね……」
そう呟くと、近くにいたリアナがくすくす笑いながら教えてくれた。
「えぇ、グレンダ様は殿方に非常に人気なんです。明るくはつらつとして、とても綺麗な方ですから。今まではとある御方に熱烈にアプローチをされていたので、皆さま望みがないと身を引いていたそうですが……最近その方に婚約者が現れたので、やっと自分にもチャンスが巡って来たと張り切っていらっしゃるのではないでしょうか」
「なるほど、そういうことね」
にやにや笑いながらリアナの話に出てきた「とある御方」――ユーゼルに視線をやると、彼は甘やかな笑みを浮かべた。
「心配しなくても、俺は君一筋だよ」
「べ、別に何も言ってませんけど!?」
「この色男!」とからかってやるつもりが、逆にからかい返されてしまった。
なんだか照れくさくなって、エレインはそっぽを向く。
「さて、俺たちもそろそろ本格的に『社交』をしなければならないようだな」
ユーゼルのそんな呟きが耳に入り、エレインはあらためて周囲を見回す。
確かに、「是非ガリアッド公爵とその婚約者にお近づきになりたい」と顔に書いてある者たちがこちらに熱い視線を送っている。
エレインも未来の公爵夫人として、ぼやぼやしてられないだろう。
(さぁ、戦いの始まりね)
口元に弧を描き、エレインは背筋を伸ばし前を見据えた。
(えっと、ユーゼルは……あそこね)
ユーゼルと二人で「社交」に乗り出し、次から次へとやってくる者たちをうまくさばいているうちに……気がつけばユーゼルとはぐれてしまっていた。
ちらりと会場内を見回せば、探し人が数人の男性と談笑しているのが目に入る。
話の輪の中に女性はいない。男性だけで話したいこともあるのだろうと、エレインは見守るにとどめておいた。
さて、次は誰と交友を深めるべきか……と周囲を見回したエレインは、とある一点で思わず顔をしかめてしまった。
(うわっ……!)
エレインの視線の先には、エレインの前世の主であり、今世の義妹(予定)のリアナがいる。
問題は、リアナが一緒にいる相手だ。
彼女が愛らしく頬を染め、潤んだ瞳で見つめているのは――。
「イアン……!」
エレインと同じく前世の記憶を持ち、ユーゼルへの復讐心を持つ男。
かつてエレインに共闘を持ち掛けた神官がそこにいた。
エレインの視線に気がついたのか、イアンがにやりと笑う。
その妖しい笑みにうすら寒さを感じたエレインは、足早に二人の方へと近づいた。




