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54 二人のハーモニー

「お兄様! エレイン姉様!」


 二人の下へ、先に会場入りしていたリアナが嬉しそうに近づいてくる。

 彼女が身に纏うのは、夏の海を写し取ったような美しい蒼のドレスだ。

 ユーゼルの言った通り、宮廷舞踏会に参加する女性たちはまるで春の花のように、鮮やかで暖かな色を纏ったものばかり。

 だからこそエレインとリアナの装いはこの上なく目を引き……センセーションを巻き起こすことは間違いないだろう。


(いつからの慣習かもはっきりしないし、ドレス選びの幅が狭くなるって密かに不評なのは知ってるのよ。ここでひっくり返したって別にいいわよね)


 ユーゼルの婚約者として、未来のガリアッド公爵夫人として認められたいという思いはもちろんある。

 だがエレインは、模範的なお人形に収まるつもりはさらさらなかった。


(だってユーゼルが好きになってくれたのは、酔っ払いをぶちのめす私なんですもの)


 このくらい型破りな方が、彼の好みには合うだろう。

 そんな打算を胸に秘め、エレインは宮廷舞踏会の乗り込んだのだ。


「きゃあ! エレイン様……素敵ですわ!」


 そんなはしゃいだ声が耳に届き、エレインは声の方へと振り返る。

 見れば、同じ年頃の令嬢たちと話し込んでいたグレンダが、こちらに気づいたのかすごい勢いですっ飛んできた。


「まぁ……まぁまぁ! 今宵のエレイン様はなんて麗しいのでしょうか……。あぁん、その凛々しいお姿はまさに戦乙女のよう……」


 頬を紅潮させうっとりとそう口にするグレンダに、エレインは少し気圧されながらも「ありがとう」と返しておいた。

 本日のグレンダは、淡いラベンダー色のドレスを身に纏っている。

 元々グレンダは華やかで美しい。もちろん、今宵のドレスもグレンダの少女から大人の女性へと変化する過程の、実りかけた果実のようなみずみずしい魅力を存分に引き出していた。


「今日のあなたもとても可愛らしいわ、グレンダ」


 そう声をかけると、グレンダは目を輝かせてくるりとその場でターンした。


「きゃあ! エレイン様に褒められちゃいましたわ! あぁ、この胸の高鳴りはもしや恋……?」

「不整脈かもしれないな。一度医者に診てもらうといい」

「ユーゼル様がそう仰るのならそうなのでしょうか。でも何か違うような……」


 グレンダの恋の目覚め(?)をばっさりと切り捨てたユーゼルに、エレインは内心で苦笑した。

 まったくこの男は、変なところで心が狭い。


「グレンダ、よろしければ私も皆さまにご挨拶したいわ。紹介していただけないかしら」

「もちろんですわ! エレイン様の魅力を、わたくしがたっぷりと皆さまにレクチャーして差し上げます!」


 意気揚々とエレインの手を引くグレンダに続いて、エレインは同じ年頃の令嬢たちの下へ足を進める。

 彼女たちはエレインのことを、驚きと羨望が混じった視線で見つめていた。


(私に対する敵意はない……みたいね。これもグレンダのおかげかしら)


 美辞麗句を用いて高らかにエレインを褒め称えるグレンダの声を聞きながら、エレインは表情を緩める。

 同じ年頃の令嬢たちの中でも、グレンダはリーダー格の存在だ。

 そして……思った以上に人望もあるようだ。

 グレンダが認めた相手なら、間違いはないだろうという信頼があるのだろう。


(これなら、うまくやっていけそうね)


 あと一つだけ……憂いを断てば、きっと明るい未来が待っているはずだ。




 グレンダやユーゼルに付き添い、挨拶にまわっていると……宮廷楽団が音色を奏で始めたのが耳に入る。

 どうやら、お待ちかねのダンスの時間の始まりのようだ。

 主催である国王と王妃がファーストダンスを踊り、続いて公爵位以上の地位を持つ者たちがパートナーの手を取り、ダンスフロアへと進み出る。


「お相手を願えるかな、婚約者殿」

「えぇ、喜んで」


 ユーゼルに手を差し出され、エレインは迷うことなくその手を取った。

 ゆっくりと歩む二人の姿に、見守る者たちは感嘆のため息を漏らさずにはいられなかった。

 小国の伯爵令嬢ごときが……と内心で侮っていた者でさえ、エレインの放つ幽玄な美しさには目を奪われずにはいられなかったことだろう。

 壮年の王族や公爵たちの中で、年若い二人は否応にも目立っていた。

 だが、二人ともこの状況に臆するような人間ではない。

 肌を刺すような注目の嵐もどこ吹く風で、ただ互いのことを見つめていた。


 やがて楽団がゆっくりとワルツを奏で始め、二人は滑るようにステップを踏む。


 まるで長い時間を共にしてきたように、二人の呼吸は完璧だった。

 こうして至近距離で見つめ合い、踊っていると……まるで世界に二人きりになったのではないかと錯覚しそうになってしまう。

 それほどまでに、ユーゼルのことしか見えなくなってしまうのだ。

 触れたところから伝わるユーゼルの体温に、エレインは背筋を震わせる。

 こちらを見つめるユーゼルの瞳が、感じる彼のぬくもりが、言葉などよりもよほど雄弁に思いを伝えてくれるようだった。


 ……今までエレインがダンスだと思っていたものは、ただの児戯だったのかも知れない。


 そう思ってしまうほど、ユーゼルとのこの時間は濃厚だった。

 ステップを踏むたびに、心と心が絡み合う。

 魂が溶け合うような、そんな心地にさせられる。

 ユーゼルのすべてが、エレインを捕らえて離さない。

 この時間が永遠に続けばいいのに……なんて、らしくもないことを考えてしまう。

 二人の相性の良さは、会場の者たちにも一目瞭然だった。

 まるでそうあるのが当然のように、欠けたピースがぴったりとはまるかのように、二人は踊り続ける。

 その姿は絵画のように幻想的で、観衆は二人の奏でる美しいハーモニーに酔いしれずにはいられなかった。

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