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53 新たな戦場

 エレインの目論見通り、会食は大成功に終わった。

 予想以上に好印象を与えられたのか、本来予定していた会食時間から大幅に長引いてしまったほどである。


「そろそろ宮廷舞踏会の始まる時間ですので……」と何度もユーゼルが口にして、やっとこうして会場に移動することを許されたくらいなのだ。


「まったく……時折、君の人心掌握能力には驚かせられるよ」

「ふふ、これでも理想の淑女となるように育てられましたもの。どう振舞えば一番好印象を与えられるのかはばっちりですわ」

「あぁ、確かに君の意図した振る舞いもそうなんだが……何よりも他者を惹きつける天性の魅力があるんだろう、君には」

「へ?」


 思ってもみないことを言われ、エレインはぱちくりと目を瞬かせる。


「……やはり視力検査に行かれた方がいいのでは? わたくしの振る舞いは、百パーセント養殖ですから」

「くくっ、そういうところだよ」


 何がおかしいのか、ユーゼルはくすくすと笑っている。

 エレインは更に反論しようとしたが……こちらを見るユーゼルの目があまりに優しいので、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 なんにせよ、ユーゼルがエレインのことを肯定的に評価してくれている。

 それだけで、心が弾むように嬉しくなってしまうのだ。


「……いよいよ、本番ですわね」

「大丈夫だ、君なら何も心配することはない」


 宮廷舞踏会の会場となる大広間の扉の前に立ち、二人は顔を見合わせる。


「この日を君と……我が最愛の婚約者と迎えられたことを、何よりも嬉しく思う」


 あらたまってそんなことを言うユーゼルに、エレインは目を丸くする。


「……いきなりどうしました?」

「別に。ただ……口にしたくなっただけだ。去年までは独り身で寂しく入場していたものだからな」

「嘘つき。入場するなり女性に取り囲まれていたとリアナとグレンダに教えていただきましたから」

「なんだ、知っていたのか」


 さらりとそう口にするユーゼルに、エレインは内心で舌を巻いた。

 本当に、どこまでも油断ならない男だ。

 だがそんなところが……エレインの心を惹きつけてやまないのかもしれない。

 ユーゼルはどこかいたずらっぽい微笑みを浮かべていたが、不意に真剣な表情で告げる。


「……寂しさを感じていたのは本当だ。周りにどれだけ人がいても、何か大切なピースが欠けている……そんな気がしてならなかったんだ。今までは」

「……今は?」

「この上なく満たされているよ。ずっと探していた大切な欠片が、やっと見つかったから」


 そう言って、彼は幸せそうに微笑んだ。

 彼の言う「探していた欠片」が何を――誰を指すのかなんて、問いかけるほどエレインは無粋じゃない。


(……ユーゼルに前世の記憶はない。でも、もしかしたら……無意識に、私のことを探していてくれたのかしら)


 そんな、あり得ない展望が頭をよぎる。


(……そんなはず、ないわよね。シグルドは私を――国を裏切ったんだもの)


 せっかくの晴れ舞台なのに、なんだか湿っぽい空気になってしまった。

 気分を切り替えるように、エレインはそっとユーゼルの手を握る。


「……行きましょう。わたくしたちの未来のための第一歩です」

「あぁ、行こう」


 ユーゼルが目配せすると、大広間へ続く扉がゆっくりと開かれる。

 寄り添うようにして、二人はゆっくりと足を踏み出した。



 一歩大広間へ足を踏み入れると、目も眩むような眩い光景が広がっていた。

 高い天井から優雅なシャンデリアが垂れ下がり、キャンドルの灯火が華やかな輝きを放っている。

 壁面には美しい絵画が飾られ、大理石の柱が宮殿の壮麗さを際立たせている。

 さすがは大国ブリガンディア……と唸りたくなるほど、まさに王家の富と格式を示すものとなっていた。

 これより催されるは数多の王侯貴族が集う宮廷舞踏会。

 優雅さと華麗さが融合し、夢と欲望が交錯する場所だ。


(ここが、私の新たな戦場ね)


 剣ではなく、誰をも魅了する微笑みを携えて。

 会場中の視線が突き刺さるのを肌で感じながら、それでもエレインは臆することはなかった。

 ぐるりと会場を見回し、目的の人物を探す。

 鮮やかな色彩のドレスや宝石が溢れ、大広間はまるで巨大な万華鏡のようだった。

 だがその中の一点、愛らしい笑顔を見落とすことはない。

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