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48 俺を飽きさせない

 意外のことにその後のデートコースは、ショッピングにオペラ鑑賞に……と、ごく普通のものだった。

 高級レストランで早めの夕食を取りながら、エレインはからかうように正面の席に座るユーゼルへ声をかける。


「最初はどうなることかと思いましたが、あなたも一般的なデートコースをご存じだったのですね。てっきりとんでもないところに連れていかれるかと」

「期待に沿えなかったのなら済まなかった。次はもっとスリリングなデートを楽しみにしていてくれ」

「……もぉ」


 ユーゼルの口から「次」が出てきたことに動揺し、うまい返しができなかった。

 ……彼は、エレインとの未来をきちんと考えてくれているのだ。

 そう思うと胸が熱くなって、うまく言葉が出てこなくて……仕方なく、エレインは呆れたふりをして目の前の料理に視線を落とした。

 目に飛び込んでくるのは、真鯛のアクアパッツァ。ユーゼルがわざわざ「ここの魚料理は絶品だ」と紹介してくれたのは、この国に来てすぐの頃、エレインが「こんな泥臭い魚なんて食べられませんわ!」と暴れたことへの意趣返しなのかもしれない。

 傷一つない真っ白な陶器の皿に、真鯛の鮮やかなピンク色が映えている。

 真鯛を取り囲むように添えられたトマトやパセリも美しいアクセントとなり、まるで一枚の皿というキャンバスに描かれたアート作品のようだった。


(ふふ、ちょっとは私の感性も磨かれてきたのかしら)


 次にリアナと美術館に行ったときは、もっとまともなことが言えるかもしれない。

 そんなことを考えながら、真鯛の身を切り分け口へと運ぶ。

 ふんわりと柔らかく、口の中でほろほろと溶けていくのがたまらない。

 豊かなオリーブオイルやハーブの風味が、なんともいえない爽やかさを運んでくるようだ。

 初めて味わう料理の美味しさに、ついついエレインの気も緩んでしまう。


「お味はどうかな?」

「贅沢な味がします……」

「それはよかった」


 あまり語彙力に優れているとは言えないエレインの感想にも、ユーゼルは満足げに頷いている。

 ……それが、嬉しい。

 無理に取り繕わなくても、気を抜いていても、彼はそんなエレインを丸ごと受け入れ、包み込んでくれるような気すらした。

 シグルドに似ているから、じゃない。むしろ、ユーゼルとシグルドの性格はあまり似ていない。

 エレインとて、初めて会ったときに剣を合わせなかったら気づくこともなかっただろう。

 それなのに……どうしても、彼の一挙一動に心が揺らめいてしまう。

 彼の前でだけ、理想の自分が取り繕えない。いつも、みっともない姿を見せてしまう。


(でも、それでも……ユーゼルは失望しなかった)


 こんなエレインでも婚約者として望んでくれて、共に歩む未来のことを考えてくれているのだ。


(だったら、私は……)


 あと少し、もう少しでわかりそうな気がする。

 自分がどうするべきか……いや、どうしたいのかが。




 レストランを出ると、もうすっかり日も落ちていた。

 このまま公爵邸に帰るのかと思いきや、ユーゼルは「最後に君を連れていきたい場所がある」と馬車を走らせた。

 たどり着いたのは、王都のランドマークともなっている巨大な時計台だ。

 今まで何度か遠くから眺めたことはあったが、こうして近くでお目にかかるのは初めてである。

 真下から眺めると、さすがに圧巻だ。


「すごい……」


 一人感心していると、ユーゼルはくすりと笑いながら声をかけてくる。


「感動するのはまだ早いぞ。これから、上に登れば、もっと素晴らしい景色が見える」

「え? 登れるんですか!?」

「あぁ、通常なら侯爵位以上の爵位を持つ者の許可が必要となるが」

「……ご本人とその同伴者なら、問題ないということですね」


 当然入り口には警備の兵がいたが、ユーゼルは当然のように顔パスだった。

 彼の後に続くエレインは止められるのではないかと危惧したが、警備の者はぽぉっとした表情でエレインを見つめると、何も言うことなく通してくれた。


「……今の男、君に見惚れていたな。案外俺なしでも通してくれたかもしれない。君にスパイの才能もあったとはな」

「何を馬鹿なことを。ガリアッド公爵が連れている女に変に口出しして、あなたに睨まれたくなかっただけですよ」

「どうだかな」


 軽口を叩きながら、二人は時計台の内部の永遠に続くのではないかと疑うほどに長い階段を上っていく。


「足が疲れたらいつでも言ってくれ。俺が抱き上げて君を一番上まで運ぶと誓おう」

「ご心配なく。このくらいは朝飯前ですわ」


 深窓の令嬢とは思えないスピードと持久力で、エレインはユーゼルを追い越しながらずんずんと目の前の階段を上っていく。

 そんなエレインを見つめ、ユーゼルは愉快そうに目を細めた。


「本当に君は……俺を飽きさせないな」


 その優しい眼差しがなんだかくすぐったくて、どうしようもなくにやけてしまいそうで……エレインは緩みそうになる表情を引き締めながら、必死に足を動かした。

 巨大な時計台の最上階――鐘楼にたどり着き、エレインはふぅ……と一息つく。


「風が強いですね……」


 地上よりもずっと空に近い場所だからか、強く吹き付ける風が髪をなびかせる。

 片手で髪を押さえるエレインに、ユーゼルは手を差し出した。


「姫君、どうぞお手を。この風であなたが飛ばされてしまっては大変です」

「……わたくしが羽のように軽いとお思いなら、大きな間違いですわ」


 そうは言いつつも、エレインは素直にユーゼルの手を取った。

 なんとなく、そうしたい気分だったのだ。

 鐘楼の端にはエレインの腰ほどの高さの策が取り付けられており、その向こうには……夢のように幻想的な光景が広がっていた。

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