46 デートにお誂え向きの場所
「リアナとはまず美術館へ向かったそうだな」
馬車に乗り込むと、ユーゼルは開口一番そんなことを言いだした。
……いくら婚約者と妹とはいえ、逐一行動を把握しているのはどうなのだろうか。
監視でもされていたのかと疑心暗鬼になり、エレインは渋い顔をする。
「……何で知ってるんですか。怖いんですけど」
「そう邪推するな。リアナに聞いただけだ。快く教えてくれたぞ」
エレインにストーカー疑惑をかけられたことを知ってか知らずか、ユーゼルは涼しい顔でそう口にした。
「君の目から見てどうだった、王立美術館は」
「……やはり大国というべきか、幅広い芸術作品が揃っていて感銘を受けましたわ。一般の方々にも広く開放されておりまして、ブリガンディア王国の豊かさが窺えるようです」
エレインは教科書通りの回答を述べた。
理想の淑女として育てられたエレインは、当然芸術方面の教養も身に着けている。
だから美術館に収められた作品がどういう観点から評価されているのかも、きちんと理解をしていた。
……あくまで、知識としては。
(あんまり芸術については聞かないでほしいわ。ボロが出そうだから……!)
知識として理解していても、感性だけはどうにもならない。
エレインの前世――リーファは、頭より体を動かす方が断然得意だった。
今世は貴族令嬢として生まれ、多少は頭を働かすことも覚えたのだが……やはり、武人としての感性はなかなか抜けきらないのだ。
リアナが「この絵画は未来への希望と不安を抽象的に描いた大作で、この辺りの色合いは新たな一歩を踏み出すことへの戸惑いを表していて――」と熱心に解説してくれた作品も、エレインにはただ適当に絵の具を塗りたくったようにしか見えなかった。
リアナと一緒の時はしたり顔で頷いていればなんとかなったが、ユーゼル相手だとボロが出てしまうかもしれない。
早くも冷や汗をかき始めたエレインに、ユーゼルはふっと笑う。
「そうか、それはよかった。だが今日は別の場所へご案内しよう」
「別の場所、ですか……?」
てっきりリアナに対抗するように再び芸術の蘊蓄を聞かされるのかと思っていたが、そうではないようだ。
「まぁ、着いてからのお楽しみだ。存分に期待しているといい」
ユーゼルはそう言って、得意げに笑う。
……いったいこれからどこへ連れていかれるというのだろうか。
(うっ、あんまり芸術的教養が求められる場所じゃないといいんだけど……)
……なんて不安はおくびにも出さず、エレインは「ふふ、あなたに私を楽しませることができるかしら」と挑戦的な笑みを浮かべるのだった。
「ここ、ですか?」
たどり着いたのは、古めかしい要塞のような建物の前だった。
周囲に人はまばらで、どこか静謐な空気すら感じさせる。
リアナと共に訪れた美術館はかつて王族が所有していた離宮を改修したもので、その華やかさに引き付けられるように多くの人で溢れかえっていた。
それに比べると、雲泥の差である。
「あぁ、君ならきっと気に入るだろう」
ユーゼルは愉快そうな笑みを浮かべて、エレインを馬車の外へと誘った。
寄り添うようにして歩みを進める二人を、時折通りがかる人が不思議そうに眺めている。
どうやら今から向かう場所は、着飾った貴族の男女がデートで訪れるような場所ではないようなのだ。
(私、浮いてないかしら……)
なんとなくそわそわしながらも、エレインはユーゼルにエスコートされながら歩を進める。
やがて建物入り口にたどり着き、エレインは掲げられた看板を見上げた。
――ブリガンディア戦史資料館。
確かにそこには、そう記されていた。
「……あまり、デートにお誂え向きの場所だとは思えませんね」
皮肉を込めてそう口にすると、ユーゼルは嬉しそうに口角を上げた。
「確かに、あまり一般的な貴族令嬢が好む場所ではないだろうな。だが」
ユーゼルの瞳が、まっすぐにこちらに向けられている。
美しいドレスに身を包んだエレインの、その内に宿る苛烈な魂を見極めようとでもいうかのように。
「君なら、きっと気に入るはずだ」
その言葉に、エレインは思わずどきりとしてしまった。
……何故だろう。今の言葉が……まるで、「ユーゼル」ではなく「シグルド」がそう言ったように聞こえてしまったのは。
(き、気のせいよ……。どうせユーゼルは、私の意表を突こうとしてこの場所を選んだに違いないわ……!)
ユーゼルはエレインに騎士として生きた前世があることを知らない。
今のエレインのことだって、「何故か剣の扱いに長けた貴族令嬢」としか思っていないはずなのに。
ならばどうして、この場所につれてきたのだろう。
(まさか、私の前世に感づいて……それとも、シグルドの記憶が蘇ったの……?)
エレインはじっとユーゼルを見つめたが、彼は相も変わらず余裕に満ちた笑みを浮かべている。
……ここで余計なことを口にすれば、また前のように彼との関係が拗れてしまうかもしれない。
そんな懸念が頭をよぎり、エレインは喉まで出かかった言葉を再び飲み込んだ。
その代わりに、とびっきり魅力的に見えるような笑顔を作ってみせる。
「ふふ、なら精一杯楽しませてくださいな」
……焦ることはない。今日は一日彼と行動を共にするのだ。
いったいユーゼルが何を考えているのか、見定める時間はたっぷり残されている。




