45 いつもと雰囲気違いません?
コツコツと靴音を鳴らしながら、ユーゼルがこちらへやって来る。
「っ……!」
気恥ずかしさのあまり俯いていたエレインだったが、意を決して顔を上げる。
そしてそのまま、あんぐりと口を開けてしまった。
「待たせて済まなかった。今日の君はいつにも増して美しいな。美の女神も今の君を見れば裸足で逃げ出すに違いない」
なんて甘いセリフを吐きながら、こちらに花束を差し出すユーゼル・ガリアッドは……明らかに普段とは違った。
元々、ユーゼルは「公爵」という立場にふさわしい品位を感じさせる装いを崩さない人間ではあったが、過度に着飾るような趣味は無いようだった。
身に纏う衣装は品があれどもどちらかというと地味なものが多く、派手装いはあまり好きではないようだった。
この前の婚約披露パーティーでも、エレインのドレスや宝飾品への手のかかり方に比べると、彼自身の装いはむしろ落ち着いた方だったのに。
それでもユーゼル・ガリアッドという人間がその場にいるだけで、その圧倒的な存在感に否応にも人々の視線を惹きつけてやまないのだ。
そのため、わざわざ着飾って注目を集める必要性を感じていないのかもしれない。
だが今の彼は、なんというか……いつも以上に気合が入っているように思えてならないのだ。
身に纏う美しい絹のシャツの胸元には、豪華な装飾が施された金細工の襟ピンが華やかさに彩られている。
羽織られたベルベット生地のコートの裾や袖口には、金糸で織り成された美しい刺繍が施されている。ガリアッド公爵家の華やかさと高貴さを象徴しているようでもあった。
全体的に、いつもよりも派手なのだ。
もしも何の脈絡もなく今日のユーゼルが目の前に現れたら、「いったいどうしたんです!?」と度肝を抜かれるくらいには。
「なんというか……いつもと雰囲気違いません?」
思わずそう問いかけると、ユーゼルは嬉しそうに笑う。
「他でもない君とのデートだからな。隣を歩く君に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないだろう」
……なるほど。つまりはユーゼルなりに、今日のデートを意識してビシッときめてきてくれたということなのだろう。
どれだけ今日のデートを楽しみにしていたというのか。
心なしか彼の周囲に流れる空気も、どこか浮かれているように感じられてならない。
(気合入りすぎでしょ……!)
しかしそんなことを口にすれば、自分に跳ね返ってきてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
エレインはじわじわと体温があがるのを感じながら、ユーゼルが差し出した花束を受け取る。
……駄目だ、落ち着かない。この男はいつもエレインの心をかき乱すのだが、今日の彼は視界に入るだけでなんとなく落ち着かないのだ。
「……私は、普段のあなたの方が好きですけど」
思わず口から漏れてしまった言葉に、エレインははっとする。
目の前のユーゼルも、驚いたように目を丸くしている。
「ちっ、違……! 今のはあくまで普段のあなたの今日の浮かれたあなたを比較しただけで、別に好きとかそういうんじゃないですから!」
慌てて弁解したが、ユーゼルは今までになく幸せそうな笑顔を浮かべてとんでもないことを言いだした。
「あぁ、よくわかっている。熱烈な愛の言葉をありがとう」
「わかってないじゃないですか!」
あぁもう、調子が狂う。
だが、不思議と嫌じゃない。
今世で初めて出会った時は、あれほど殺意に満ち溢れていたというのに。
「それじゃあ、行こうか」
ユーゼルが女性をとろけさせそうな笑みを浮かべて、エレインへ手を差し伸べる。
「……はい」
つられるように緩みそうになる表情を引き締めながら、エレインはそっと彼の手を取った。




