44 初デートに浮かれる乙女
「ドレスはどの色にいたしましょうか……」
「屋外でも屋内でも最高に映えるものを選ぶのよ」
「ヘアアレンジはどのようになさいます?」
「外出時間が長いから、万が一にも崩れないようなもので――」
ユーゼルとのデートが決まって以来、エレインのお付きの侍女たちはずっと大騒ぎだった。
やれドレスはどうする宝石はどうすると、何日もお祭り騒ぎを続けているのだ。
後から気づいたのだが、どうやら彼女たちは少し前までのユーゼルとエレインの間に流れる微妙な空気に気づいていたようで、「せっかく仲直りできたのだから最高のデートにしてして差し上げなくては!」と熱が入っているようだ。
あまりの張り切りっぷりに、張本人であるエレインの方が若干引いてしまうほどである。
「別に、そこまで気合を入れなくてもいいわ。舞踏会に行くんじゃないんだもの。もっと力を抜いて――」
そう口にした途端、侍女たちが一斉にこちらを振り返り、エレインはびくりと肩を跳ねさせた。
「何をおっしゃるのですか奥様! 記念すべき公爵閣下と奥様の初デートなんですよ!?」
「一点の曇りがあってもいけません!」
「すべてを最上級に準備しなくては!」
「奥様を最高に美しく仕上げるのが私たちの使命なのですから!」
「そ、そう……」
一気に詰め寄られて、エレインはただ頷くことしかできなかった。
(なんて大げさな……)
まるで今度のデートが世界の命運を握るのかというくらいの熱量である。
……たとえエレインが今度のデートで失望されたとしても、彼女たちがそれで立場を失うとは思えない。
ただエレイン一人が放逐されて終わるだけだろう。
だがそれでも、彼女たちはエレインのために力を尽くしてくれているのだ。
(昔の私と、同じなのかしら……)
女王に忠誠を誓い、信頼する仲間たちと共に戦場を駆けた日々。
自分の持ちうるすべてを、大切な人のために捧げること。
それが人生のすべてだとは言わないが……充実した日々だったのは確かだ。
剣を手に戦場を駆けたエレインとは違うけど、彼女たちもドレスや宝飾品や化粧道具を手に、ここで戦っている。
今のこの場は、彼女たちにとっての戦場なのかもしれない。
(……だったら、私がいらない口出しをするのは彼女たちの矜持を傷つけることになるわね)
料理人も、庭師も、皆それぞれの場所で己の職務を全うしている。
剣を手に戦うことだけがすべてじゃない。
前世に比べればずいぶんと平和になった世界は刺激がなくて退屈だと思っていたけど、そう考えるとまるで輝いて見えるような気がした。
(……今の私には、何ができるのかしら)
昔のように騎士と生きるか、それとも貴族令嬢として淑やかに生きるのか。
前世の仇討ちにすべてを捧げるのか、それとも新しい道を切り開くのか。
(……もうすぐ、わかりそうな気がする)
デートの日はまだ少し先だ。
だが無性にユーゼルに会いたい。
あの余裕に満ちた笑顔を見せてほしい。互いに挑発し合うような会話を交わしたい。
そんな自分の変化に気づいてしまい、エレインは一人静かに頬を染めた。
迎えた約束の日、エレインはそわそわしながらユーゼルが迎えに来るのを待っていた。
身に纏う軽やかなシフォンドレスが、エレインが身動きするたびに優雅に揺れる。
いつも以上に念入りに手入れをされた髪はつややかになびき、見る者は「ほぅ……」と感嘆のため息を漏らさずにはいられなかった。
鏡で自身の姿を確認し、エレインは気恥ずかしさに頬を染めた。
(なんか……気合入りすぎじゃない?)
侍女には侍女の負けられない戦いがあるのだ……と、熱の入る彼女たちをそのままにしていたら、こんな風になってしまった。
もちろん、彼女たちの仕事ぶりは賞賛に値する。
エレインが恋い慕う相手とのデートに望む乙女なら、泣きながら感謝をしてもおかしくはないほどに。
だが……少なくともエレインとユーゼルはそんな甘いだけの関係じゃない。
場合によっては相手の命を奪うことも厭わない、そんな殺伐とした関係なのだ(……とエレインは思っている)。
だが今の自分はどうだ。
これではどこからどう見ても、意中の相手との初デートに浮かれる乙女ではないか。
(くっ……これでユーゼルが普段通りだったらどうするのよ。絶対にからかわれるに決まってるわ……!)
「なんだ、そこまで俺とのデートを楽しみにしてくれていたのか」と余裕の笑みを浮かべるユーゼルが目に浮かぶようだ。
だがここまで来てしまったからには後戻りはできない。
「べっ、別にあなたのためにおめかししたわけじゃありませんから! 侍女が正当に仕事をする場を用意しただけです!」などと頭の中で言い訳をする練習をしていると、もったいつけるように扉を叩く音が聞こえた。
「きゃあ! 公爵閣下がいらっしゃったわ!」
侍女たちがいつになくはしゃいだ様子で応対する。
やはりやって来たのは、ユーゼルで間違いないようだ。




