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38 大神殿の神官

「え?」

「魔力なんて使えなくても、あなたは素晴らしい存在なんですもの。……きっと、あなたのお兄様もそう思っていらっしゃるはず」


 魔力持ちであるかどうかなんてどうでもいい。

 そんなことにしかリアナの価値を感じない者たちになど、大切なリアナを渡してなるものか。

 そう思うのはきっと、ユーゼルも同じだろう。彼はあれでいてなかなかのシスコンだ。

 エレインやユーゼルにとって真に価値があるのは、リアナの中の魔力ではなく、その美しい心根や優しい笑顔の方なのだから。


「だから、あなたはそのままでいいの」


 重ねてそう言うと、リアナは俯いてぎゅっと唇を引き結んだ。


(あれ、私何か言ってはいけないことを言っちゃった!?)


 エレインは慌てたが、リアナの手がきゅっとエレインのドレスを掴んだのに気がついて息をのむ。

 その手は、かすかに震えていた。


「……ありがとうございます、エレインお姉様、実は、ずっと不安だったんです。魔力持ちなのに何の活躍もできない私は、公爵家の中でお荷物なんじゃないかって――」

「……そんなこと、あるわけがないわ」


 もしもリアナに対してそんなふざけた口を利く者がいれば、エレインはそいつを許しはしない。

 躊躇なく斬り捨てることも辞さない覚悟だ。


「右も左もわからないままこの国に来た私に、あなたが微笑みかけてくれた時……どれだけ心強かったかわかる? あなたがそこにいてくれるだけで、私は勇気づけられ、救われるの。きっと私だけじゃない。ガリアッド公爵家の者たちなら、皆そう思っているはずよ」


 少しでも気を抜けば「前世からお慕い申し上げておりました……!」と漏れ出そうになるのを堪え、エレインは必死に自らの想いを伝えようと言葉を絞り出す。


(そう、あなたがそこにいてくれるだけで……私たちは奮い立つの)


 エレインの前世――リーファはどれだけ強敵に相対しようとも、決して逃げることはなかった。

 自身の背後にある水晶の都に、誰よりも敬愛する女王がいるのだから。

 そう思うだけで、どれだけでも力が湧いた。

 彼女を、彼女の愛する国を守るためなら、命すら惜しくはなかった。

 魔力があるかどうかなんて関係ない。

 リアナの存在そのものこそが、何よりもの「魔法」なのかもしれなかった。


「……ありがとうございます、お姉様!」


 そう言って顔を上げたリアナの表情は、もう曇ってはいなかった。

 太陽のように明るく輝く笑顔は、いつだってエレインの心を癒してくれる。

 ……やはり、彼女には笑顔が一番似合う。


「それじゃあ次は……劇場はいかがでしょうか! 今の時期だと、どんな演目がやっていたかしら……」


 くるくると表情を変えるリアナを眺め、エレインは満足げに微笑んだ。



 ◇◇◇



「すっかり遅くなってしまったわね……。神官様との約束は大丈夫?」

「はい。お勤めが終わった後に時間を作ってくださるとのことだったので」


 エレインとリアナと散々王都デートを満喫した後、元々の目的地である大神殿に向かっていた。

 やがて、馬車の窓の向こうに白亜の神殿が姿を現す。


「わぁ……!」


 沈みかけた夕陽に照らされるその神殿は、思わず畏怖してしまうような荘厳な佇まいをしている。

 フィンドール王国にも神殿はあったが、その規模も段違いだった。


(さすがは大国。とんでもないわね……)


 リアナの後に続いて神殿を進みながら、エレインは素直に感心していた。

 リアナはこの場所でも顔なじみの存在のようで、通り過ぎる神官たちは皆こちらに会釈してくれる。


「これから約束している神官様は、偉い立場にいらっしゃる方なの?」

「いえ、階位はそれほど高いわけではないのですが……とても熱心な方で、話しやすくて、お優しくて、周囲からの信も厚く――」


 これから会う神官のことを尋ねると、リアナは嬉しそうに答えてくれた。

 いつになく熱っぽく語るリアナの様子に少々の違和感を覚えつつも、エレインは応接室へと足を踏み入れる。

 リアナと他愛ない話をしていると、やがて扉が叩かれる音がした。


「失礼いたします。お待たせいたしました、ガリアッド公爵令嬢」


 扉を開け入室したのは、まだ年若い青年だった。

 リアナと文通しているというのだから、てっきり女性だと思っていたエレインは驚いてしまう。


(え? この人がリアナの文通相手? 意外……)


 いくら俗世を捨てた神官とはいえ、うら若き乙女であるリアナと文通するなど変な勘繰りをされたりはしないのだろうか。

 ぽかんとするエレインに、神官の青年はにっこりと微笑む。

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