36 リアナのお誘い
「それで、是非今度我が家が主催する夜会にいらっしゃってくださいな! わたくしとエレイン様の熱々っぷりを社交界中にアピールしてやりますから! きゃっ、言っちゃった!」
べらべら喋っていたかと思うと、急に恥じらい始めたグレンダを見て、エレインはくすりと笑った。
あれ以来、グレンダは暇さえあれば公爵邸へ押しかけてくるようになった。
どうやら「エレインのファンになってしまった」という言葉は本当らしい。
……これだけ友好的ならば、グレンダを操りユーゼルとの婚約破棄へと仕向けることもできるだろう。
だが何故か、そんな気力も湧かずにエレインはただぼんやりと彼女のおしゃべりの聞き役に徹しているのだった。
(ユーゼルのことは、しばらく考えたくないもの……)
――「誰だか知らないが、今の君は俺の婚約者なんだ。そんな男のことは忘れろ」
――「……すぐに忘れさせてやる」
あの夜、ユーゼルを突き飛ばして逃げ出してから……彼とはまともに顔を合わせていない。
エレインはユーゼルを避け続けており、ユーゼルの方も前に比べればエレインに近づいて来ようとしなかった。
ユーゼルは多忙な上に、公爵邸は広い。
避けようと思えば、いくらでも避けれてしまうのだ。
(このままなら、自然消滅かもしれないわ)
ユーゼルもやっとエレインがとんでもない女だということに気づき、変わりの婚約者を探しているのかもしれない。
だが、それもどうでもよかった。
歓喜も、悲嘆も感じない。ひたすらにどうでもよいのだ。
「約束ですからね、エレイン様! エスコート役はユーゼル様に譲って差し上げますけど、私の一番のお友達だと紹介することは譲りませんからね!」
ボケッとしている間に、グレンダと何らかの約束を交わしていたようだ。
彼女は何度も何度もそう念押して、名残惜しそうに帰っていった。
約束の内容はわからないが、控えている侍女が把握しているだろうから問題はないだろう。
ふぅ……とため息をつき、グレンダの姿が見えなくなったのを確認してから屋敷の中へと戻る。
自室で休もうか……と足を進めていると、廊下の向こうから近づいてきたのはエレインが前世で敬愛してやまない女王の生まれ変わり――リアナだった。
「あ、お姉様!」
「ごきげんよう、リアナ」
どんな時でもリアナに対してだけは真摯に接しなければ。
そんな意識から、エレインはにっこりとリアナに微笑みかけた。
だがリアナは、何かに気づいたように目を丸くしたかと思うと……意を決したように口を開いた。
「あ、あの、お姉様……実はお話が!」
「あら、あらたまってどうしたの?」
「明日……いえ、ご都合のよろしい日で構いませんので、わたくしと一緒に大神殿へ同行してくださいませんか?」
「大神殿……?」
おそらくリアナが言っているのは、ここブリガンディア王国の王都にある国一番の神殿のことだろう。
「そうね……一応公爵家当主の婚約者として、ご挨拶に伺った方がよろしいのかしら」
「いえ、その、そういった堅苦しい感じではなく……」
リアナには珍しく、彼女はもごもごと何かを言いよどんでいるようだった。
「その、わたくし……実は大神殿の神官様と文通をしておりまして」
「文通?」
「はい。それで……エレインお姉様がここに来てくださったのが嬉しくて、お手紙にお姉様のことを書いたのです。そうしたら、神官様が是非お姉様にお会いしたいと仰られておりまして……」
「なるほど……」
どちらかというと神殿と公爵家の今後の関係と……といった公的な訪問ではなく、リアナの友人としてエレインがどんな人物なのかプライベートで会ってみたいということだろうか。
だとしたら――。
「もちろん、構わないわ。明日なら用事もないし、さっそく行きましょうか」
「本当ですか!? ありがとうございます、お姉様!」
ぱっと歓喜の表情を浮かべるリアナに、エレインは微笑ましい気分になる。
……ユーゼルに関してのもやもやは、とりあえず置いておこう。
いつまでリアナの側にいられるかわからないのだから、精一杯彼女との時間を楽しみたい。
「そうですわ、お姉様。どうせお出掛けするのですからわたくしと一緒に王都を回りませんか? お姉様はまだこの国にいらっしゃったばかりですし、いろいろとご案内させていただきます!」
きらきらと輝く瞳でそんな風に見つめられては、断るという選択肢は存在するわけがなかった。
「ありがとう、リアナ。とっても楽しみよ!」
勢い余って抱き着きたくなるのを堪え、エレインは明るくそう返した。
(はぁ、まさかリアナと本当の姉妹みたいに仲良くお出掛けできるなんて……ユーゼルの婚約者なんて不本意だけど、これだけは役得よね……)
そんな邪な思いを表に出さないように気を付けながら、エレインはにこにこと笑いながら明日のプランを話すリアナを見つめた。




