33 もうどうにでもなれ
目を丸くするエレインに、グレンダは顔を真っ赤にして恥じらっている。
「やだ、わたくしったら……こんなに大きな声を出してはしたないわ……」
「あの、グレンダ様……?」
「どうしましょう、エレイン様に恥ずかしいところを見せてしまったわ。消えたい……」
「お気を確かに、お嬢様! お嬢様は世界一お可愛らしいので大丈夫です!」
涙目になるグレンダを、彼女の侍女が必死に慰めている。
……まったく意味がわからない。
いつの間にか別の世界に迷い込んでしまったような気すらして、エレインはぽかんとその光景を眺めていた。
「えっと、あの……?」
首をかしげるエレインに、グレンダの侍女が丁寧に説明してくれる。
「驚かせてしまい申し訳ございません、エレイン様。実はグレンダ様、婚約披露パーティーの場でエレイン様に命を救われたことがきっかけで、エレイン様のファンになってしまったようで――」
「……え?」
思わずグレンダの方へ視線をやると、こちらを見ていたグレンダとばっちり目が合ってしまう。
その途端グレンダは、可哀そうなほど顔を真っ赤に染めて恥じらい始めた。
「やだっ、恥ずかしいわ……!」
「ふふ、この通りグレンダ様は照れ屋で、大変お可愛らしい方でございます。本日も、『エレイン様はどんなドレスがお好きかしら。変だと思われないかしら……』と何時間も鏡の前で悩まれるほどで――」
「もう、言わないで! エレイン様に呆れられてしまうじゃない……」
(えぇ……?)
グレンダの態度を見る限り、侍女の嘘というわけでもないようだ。
……どうしてこうなった。
想定外の展開に、さすがのエレインも思考の対処が追い付かない。
「私の、ファン……? なぜに……?」
「だって、颯爽とわたくしを助けてくださったエレイン様は……どんな英雄譚に出てくる騎士よりも素敵でしたもの……」
夢見る乙女のように瞳を輝かせるグレンダを見て、エレインは表情が引きつりそうだった。
前世で騎士だった身として、助けを求める乙女を救うのは当然のことである。
だがまさか、こんな結果を生んでしまうとは。
「お願いだから故郷に帰るなんて仰らないで。エレイン様を田舎者と馬鹿にする不敬者は、わたくしの名にかけて許しません! わたくし、これでも『社交界の華』と呼ばれて一目置かれておりますの。これから二輪の華として、共にブリガンディア王国の社交界を席巻いたしましょう!」
グレンダはキラキラと輝く瞳で、力強くそう宣言したのだ。
(どうしてこうなった……!)
想定していたのとはまったく真逆の展開に、エレインは魂が抜けそうだった。
グレンダ、並びにノーラン侯爵家が味方に付いたのだ。
これで、エレインの社交界デビューは謀らずとも成功が約束されてしまった。
(おかしい、こんなはずじゃなかったのに……!)
思わず頭を抱えそうになった時、応接室の扉を叩く音が聞こえた。
そこから顔をのぞかせたのは、この屋敷の主――ユーゼル・ガリアッドその人だった。
「ようこそいらっしゃいました、ノーラン侯爵令嬢。先日はこちらの不手際で危険な目に遭わせてしまい大変失礼いたしました。我が婚約者が華麗に助けに入り、お怪我はなかったと伺っておりますが……」
「えぇ、あの時のエレイン様はまるで……天から戦乙女が舞い降りたかのように凛々しく可憐でしたわ……! わたくし、運命を感じましたの……」
「それは喜ばしい。俺も初めてエレインに出会った時はまさに運命だと感じました。こうして口説き落として我が国に連れてくることができたのは、まさに僥倖。ノーラン侯爵令嬢、どうか我が妻をよろしくお願いいたします」
まるで牽制するように「我が妻」の部分を強調しながら、ユーゼルは爽やかにそう告げた。
(口説き落とされてないし、妻じゃないし、何言ってるのよ……!)
サラっと言葉に嘘を織り交ぜるユーゼルに、エレインは舌を巻いた。
ユーゼルの牽制とも取れる言葉に、グレンダはどこか複雑そうな顔をしている。
「えぇ、そうですわね。エレイン様はユーゼル様の婚約者……。わたくしの憧れの二人がご結婚なさるのは喜ばしいはずなのに、エレイン様をユーゼル様に取られたような複雑な思いを抱いてしまうなんて……」
(え、そっち? 逆じゃなくて?)
「ご安心ください、ノーラン侯爵令嬢。ガリアッド公爵家とノーラン侯爵家は代々有効的な関係を築いております。エレインが公爵夫人となれば、もはやノーラン侯爵令嬢との不滅の仲は約束されたようなもので――」
グレンダを丸め込もうとするユーゼルの弁舌を聞き流しながら、エレインは「もうどうにでもなれ」と遠い目になっていた。




