32 グレンダの来訪
意外なことに婚約披露パーティーの一件において、ガリアッド公爵家が社交界で責められるような動きはないようだ。
むしろ、ユーゼルは晴れの舞台を台無しにされた被害者として同情されているらしい。
(まったく、計画が台無しよ)
せっかく、グレンダを扇動してエレインを社交界から追放するように仕向けようと思っていたのに。
(こうなったら、もう一度私の方からグレンダに接触を――)
「エレイン様、少々よろしいでしょうか」
物思いにふけっていると、侍女に声をかけられた。
「えぇ、構わないわ。何かしら」
「実はノーラン侯爵家から、グレンダ様が先日の礼に伺いたいとのお話が来ておりまして……」
(まさか向こうから来てくれるなんて!)
まさに渡りに船。エレインは自身の幸運に感謝した。
この場合の「礼」というのは建前で、むしろ「もう少しで大怪我するところだったわ! 何もかもあんたのせいよ、この疫病神!! さっさと田舎に帰って二度と顔を見せないでちょうだい!」とエレインを糾弾してくれるに違いない。
そうなればもう、社交界追放は決まったようなものだ。
「……グレンダ様が直接いらっしゃるのかしら」
「はい、そのように伺っております」
「よかった……。グレンダ様は例の一件でショックを受けられていたようだから、心配していたの。是非直接会ってお話がしたいわ」
慈愛の笑みを浮かべながらそう言うと、侍女たちは「さすがはお優しいエレイン様!」と絶賛しながら仕事に戻っていった。
(まぁ、なるようになるものね)
遠回りしてしまったような気がするが、これでやっとこの国の社交界を追放され、ユーゼルも婚約破棄をせざるを得ない状況に持っていけそうだ。
この公爵邸で過ごす時間も残り少ないだろうから、思う存分リアナを堪能しておこう。
そんな邪な思いを胸に、エレインは敬愛する前世の主を探すために立ち上がった。
果たして、約束通りグレンダはやってきた。
いかにも勝負服といった雰囲気の、可愛らしいドレスを身に纏って。
「ご足労いただき感謝いたします、ノーラン侯爵令嬢。先日はこちらの不手際で恐ろしい思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。この場を借りてお詫び申し上げます」
応接間で向かい合い、エレインは低姿勢でそう謝罪した。
わざと下手に出て、グレンダを調子づかせ過激な態度を引き出すためだ。
だが当のグレンダは、エレインの謝罪を受けると何故か頬を赤らめてもじもじとしている。
(あら……?)
今の言葉に、何か恥ずかしがる要素はあっただろうか。
ユーゼルが同席しているならともかく、この場にいるのはエレインのみ。
エレインは知らない間にユーゼルが来たのかとこっそり周囲を見回したが、やはりあの男の姿は見えない。
だとすれば、グレンダは何故こんなにしおらしくしているのだろうか。
(先日の件がよほどショックだったのかしら……。だったら、もっと調子に乗ってもらわないと)
「……わたくしも、あれからいろいろと考えましたの。もしかしたらあの方たちは、私のような小国の人間が公爵様の婚約者となったことに不満を抱いているのではないかと。……私のような者に、果たして公爵夫人となる資格があるのかと」
言葉の途中で、エレインはちらりとグレンダの方を窺う。
「そうよそうよ! あんたみたいな田舎者が大きな顔をしているから庶民もつけあがるのよ!」みたいな罵倒が飛んでくるのを期待して。
だが、相も変わらずグレンダは顔を赤らめもじもじしている。
その態度を不可思議に思いながらも、エレインは続けた。
「ですから、わたくしのような者は……大人しく田舎に帰った方がいいのではないかと――」
「っ……! 駄目です!」
急にグレンダが大きな声を出したので、エレインは驚いてしまった。




