30 騎士の本能
確かにユーゼルのいうとおり、乱入者の動きは統制された組織というよりも、ほぼ暴徒に近い。
だがそれでも、普段暴力と無縁の貴族たちは大パニックだ。
我先にと逃げ出し、会場は大混乱状態となっている。
「エレイン様、中へお入りください!」
すぐに公爵家の使用人が駆け付け、エレインを安全な場所へと誘導しようとした。
(まったく、いいところだったのに……)
台無しにされてしまったわ……と少々残念に思いつつ、エレインはグレンダの方を振り返る。
「ノーラン侯爵令嬢もこちらへ……!」
エレインと同じように、彼女も使用人に声をかけられている。
だがグレンダはこの状況がよほどショックなのか、動けずにいるようだ。
それが、いけなかった。
「あの派手な服の女! あいつがガリアッド公爵の女だろ!!」
暴徒の一人が、大声でそう叫んだ。
……エレインではなく、グレンダを指さして。
(まさか……!)
彼らもここが「ガリアッド公爵の婚約者披露パーティー」だということはわかっているのだろう。
エレインの顔を知らない彼らからすれば、一番派手なドレスの女=ガリアッド公爵の婚約者という認識なのかもしれない。
そして本日のグレンダのドレスは、主役であるエレインを食ってやろうとする意気込みがありありと感じられる、とてつもなく派手な一着だった。
つまりは、エレインと間違えられてグレンダは襲われようとしているのだ。
そう考えた瞬間、反射的にエレインは地面を蹴っていた。
美しくテーブルクロスが敷かれたガーデンテーブルに飛び乗り、グレンダと暴徒の間に割って入る。
そして――。
「うぐっ!」
勢いよく、暴徒の脳天に向かって踵落としをお見舞いしてやった。
「なっ……!?」
一人を倒したら、すぐに次へ。
まるで舞い踊るように鮮やかなその動きに、誰もが目を奪われずにはいられない。
暴徒たちは皆、貴族の女がドレスをひるがえしながら立ち回るその姿に、まるで見惚れるように動きを止めている。
だから、対処するのは容易かった。
「ぐはっ!」
「はひぃ!」
「ひぎゃ!」
猫のようにしなやかな肢体を自由自在に操り、一人一人的確に、エレインは暴徒を無力化していく。
(まったく、酔っ払いの喧嘩の仲裁よりも簡単ね)
バリバリの女騎士として戦っていた前世からすれば、赤子の手を捻るようなものだ。
あっという間に暴徒たちを片付けたエレインは、この状況に腰を抜かして震えるグレンダへと近づく。
「ひっ……!」
グレンダは先ほどの高飛車な態度とは一転して、怯えるような瞳をエレインに向けている。
先ほどエレインを馬鹿にしようとした時とは一転して、今の彼女は無力な一人の少女だった。
だから、エレインは――。
「ご無事ですか、ノーラン侯爵令嬢」
グレンダの側に跪き、手を差し伸べる。
――弱き者を助けよという、敬愛する前世の主の言葉に従って。
「目につく範囲の暴徒は鎮圧しましたが、第二陣が来ないとも限りません。どうか、今のうちに屋敷内へ避難を」
そう促したが、グレンダは俯いたまま動かない。
それもそうだ。彼女はあからさまにエレインを敵視している。
エレインが説得したところで、反発するだけではないだろうか。
だんだんとそんな気がしてきて、エレインはため息をつきたくなってしまった。
こんな状況にもかかわらず、エレインの側で高みの見物を決め込んでいるユーゼルに説得させるべきか……。
そう考えた時だった。
「こ……」
「こ?」
「こ、怖かったぁ……!」
顔を上げたグレンダはくしゃりと表情を歪めたかと思うと、渾身の力でエレインに抱き着いてきたのだ。
「ちょっ!?」
慌てて引きはがそうとして、エレインは気がついた。
ぎゅっとしがみつくグレンダの体は、迷子の子どものように小刻みに震えていたのだ。
(まったく……社交界の華といってもまだ子どもね)
前世でいくつも死線を潜り抜けてきたエレインとは違い、グレンダは蝶よ花よと大切に育てられてきたご令嬢。
こんな風に間近で暴力の危機に晒されることなどなかったに違いない。
だから、今だけは……休戦協定を結ぶこととしよう。
(元気になったら、ちゃんと私を社交界から追放するのよ)
そんな思いを込めて、エレインはそっとすすり泣くグレンダの背を撫でた。
「一件落着、だな」
その様子を見ていたユーゼルが、満足げにそう呟く。
エレインは思わずじとりとした視線を彼に向けてしまった。
「どこをどう見たらそうなるんですか? この一件、どう考えてもガリアッド公爵家の手落ちですよ」
「あぁ、だが得られた収穫は大きい」
「はぁ……?」
こんなアクシデントが起こったのにも関わらず、ユーゼルは意味深な笑みを浮かべている。
相変わらずわけのわからない男だと、エレインは思わず顔をしかめてしまった。




