29 エレインの挑発
近づいてくるエレインとユーゼルを見て、グレンダを取り巻いていた令嬢たちの間に緊張が走る。
だが当のグレンダだけは、怯むことなく毅然とエレインを睨んでいた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。この度ユーゼル様と婚約いたしました、エレイン・フェレルと申します。どうぞよしなに」
そう言って、エレインは完璧なお辞儀をしてみせる。
晴れやかな笑顔のエレインとは対照的に、グレンダはツンと取り澄ました表情のまま口を開いた。
「あなた、どちらからいらっしゃったのかしら?」
(来たっ……! これは「お里が知れますわ」の前振りね!!)
あまりにもわかりやすいグレンダの言動に、エレインは思わず勝利の笑みを浮かべそうになってしまった。
だが努めて冷静に、エレインは少し緊張した振りをしながら告げる。
「西のフィンドール王国より参りました。田舎者ゆえ皆様にご迷惑をお掛けすることもあるかと存じますが、どうぞお手柔らかにお願いいたします」
「あぁ、フィンドール王国ね。あの小さい国。通りで訛ってると思ったのよ」
グレンダが高圧的にそう言った途端、ぴしりと場の空気が固まった。
取り巻きの令嬢たちは顔を青ざめさせ、エレインの隣のユーゼルは怖いほど無表情だ。
だが当のエレインは、今までになく高揚感を覚えていた。
今の状況は、グレンダがエレインに手袋を叩きつけた――勝負を申し込んだに等しいのだ。
だったら、正々堂々と受けて立つまで。
「まぁ、お恥ずかしいですわ……!」
エレインは頬に手を添え、いかにも「恥じらっています」という雰囲気を醸し出す。
「言葉に関しては毎晩ユーゼル様にご指導いただいているのですが、やはり高貴な方にはわかってしまいますのね」
ことさら「毎晩」と「ユーゼル様に」を強調し、エレインは挑発した。
もちろん、そんな事実はない。
だがグレンダにとっては、とんでもない一撃となったようだ。
「なっ……!」
グレンダは表情をひきつらせ、わなわなと唇を震わせている。
エレインの言葉がよほどショックだったようだ。
間髪入れずに、エレインは追撃を浴びせる。
「ブリガンディア王国に嫁いだ以上、一日でも早くガリアッド公爵夫人――いいえ、ユーゼル様の妻として皆さまに認めていただけるように努力いたします。至らない点がありましたら、今のように仰っていただけますと幸いです。あっ、でも……」
一度言葉を切り、エレインはグレンダの方を窺う。
グレンダは怒りで顔を赤く染め、ぷるぷると震えていた。
……この調子だと、あと一押しで爆発するだろう。
「それでも、ユーゼル様が好きになってくださった『私らしさ』は失くしたくないと思ってしまうんです。田舎の伯爵令嬢でしかなかった私が、こんな立派な国の公爵様に求婚されるなんて、今でも信じられませんが……」
エレインは全力で「グレンダが嫌いそうなタイプの女」を演じていた。
自分でも似合わない自覚はあるが、これでグレンダの怒りが買えるなら安いものだ。
想定通り、エレインの挑発はグレンダの怒りのツボを的確に刺激したようだ。
「このっ……」
怒りに打ち震えるグレンダが、勢いよく口を開く。
エレインはそこから己に対する罵倒が飛び出すのを期待したが――。
「きゃああぁぁぁぁ!!」
会場に一角から大きく悲鳴が上がり、グレンダの罵倒が掻き消されてしまう。
エレインは反射的に声の方へと振り返る。
そして、目を見張った。
「覚悟しろ! クソ貴族どもめ!!」
「今こそ蜂起の時!」
「我々はこの場で正義を取り戻す!!」
「ガリアッド公爵の女を狙え! 血祭りにあげろ!!」
真っ赤な装束を身に纏う者たちが、何やら叫びながら会場に乱入してくるではないか。
「……何ですか、あれ」
「この国の反王政勢力『紅の狼』の一味だな。見る限り、ほぼ触発された一般人のようだが」
焦ることもなくさらりと答えたユーゼルに、エレインは頭が痛くなりそうだった。




