28 かつてのユーゼルは
「お会いできる日を楽しみにしておりました、エレイン様」
「お噂はかねがね……」
「評判以上に美しく聡明な方でいらっしゃるのですね!」
「さすがはガリアッド公爵だ。まさかこんなに素晴らしい女性を見つけられるとは……」
ユーゼルと二人で挨拶にまわると、招待客は口々にエレインのことを褒め称えた。
エレインは笑顔で応対しながらも、歯がゆさを覚えていた。
……本当は、もう少し皮肉や反発混じりのことを言われるかと思っていたのだ。
だがふたを開けてみれば、賛辞一色なのである。
(くっ、思った以上に好印象……。やっぱり私の希望の星はグレンダ……あなたよ!)
会場のどこにいても、グレンダの強い視線を感じる。
特に、ユーゼルがエレインについて言及する時などはひとしおだ。
「えぇ、彼女はまさに私の光。退屈な毎日に彩りを与えてくれた女神のような存在です」
「あのガリアッド公爵がこんなに情熱的に……まさに、恋は人を変えるのですね!」
デレデレと恥ずかしげもなくエレインへの愛を語るユーゼルに、皆驚きの表情を見せてくれる。
どうやら皆の知るユーゼル・ガリアッドは、まかりまちがってもこんな風に公衆の面前でこっ恥ずかしいセリフを吐くような人物ではなかったらしい。
(もしかして、私に会う前のユーゼルは意外とシグルドに似ていたのかしら……? だったら、こんな風に変貌しないでほしかったわ)
もし、もしも……エレインと再会した後も、ユーゼルの性格がシグルドと同じだったら。
そうしたら……エレインはどうしていたのだろうか。
(翻弄されることなくユーゼルを殺せてた? それとも……)
……こうして前世のことを思い出すと、ついのめり込みすぎてしまう。
だから、ユーゼルの変化に気づかなかった。
「……エレイン」
不意に耳元でそう囁かれ、エレインはびくりと肩を跳ねさせてしまう。
「疲れたのか? ぼぉっとするとは君らしくないな」
こちらを心配するような言葉とは裏腹に、ユーゼルの視線は何かを探るような色を帯びていた。
その鋭い視線に、ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
慌てて誤魔化すように、エレインは明るい声を出した。
「申し訳ございません、ユーゼル様。少し緊張していたのかもしれませんわ。……そうだ! わたくし、同じくらいの年の方ともお話してみたいのですが……」
余計なことは考えるな。
今はいかにユーゼルに婚約破棄を切り出させるか。とんでもない悪女として振舞うかだけを考えろ。
そう自分に言い聞かせ、エレインはグレンダと彼女の取り巻きたちがいる一角へと視線を送る。
ユーゼルが余計な気を回す前に、早く勝負を着けなくては。
「あれは……ノーラン侯爵令嬢か。先にノーラン侯爵に話を通し、同席してもらった方が……」
どうやらユーゼルにも、自分に惚れている女性と婚約者を何の策もなしに近づけない方がいいというデリカシーはあったらしい。
だが、ここで引き下がるエレインではない。
「いいえ、今お話ししたいのです」
「……珍しく強硬だな」
「ユーゼル様こそ、何故わたくしと彼女がお話しするのを嫌がるのですか? もしや……彼女との間に何か秘匿すべき事情がおありで?」
挑発するようにそう囁くと、ユーゼルのこめかみがぴくりと動いた。
「心外だな、俺はずっと君一筋だよ」
「なら問題ないでしょう?」
「まったく……何を考えているのかは知らないが、ほどほどにしておいてくれよ」
ユーゼルも、エレインが何かを企んでいることに気づいたのだろう。
だが、無理に止めようとはしなかった。
グレンダとの痴情のもつれを疑われたことが不本意だったのか、それとも何も起こらないだろうと高を括ったのか……。
(いずれにせよ、その判断を後悔させてあげるわ)
今から始まるのは、女と女の戦いだ。
社交界で強い立場にあるグレンダを煽って反感を誘い、エレインの居場所を消し飛ばしてもらわなければ。
(……大丈夫、やれる)
口元に余裕の笑みを浮かべ、エレインはグレンダの方へ向かって足を進めた。




