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27 淑女の戦場

 公爵邸の庭園には既に多くの招待客が集まり、難攻不落の公爵を射止めた小国の令嬢の登場を待ちわびている。

 その中の一人――ノーラン侯爵令嬢グレンダは、威嚇するようにアッシュグレーの巻き毛を撫でつけた。


「……片田舎の伯爵令嬢ごときが、よくもユーゼル様を……! 格の違いを見せつけてやるわ!」

「その意気です! グレンダ様!!」


 すぐさま、グレンダの側にいた令嬢たちが同調するように声を上げた。

 その声に少しだけ気分を良くし、グレンダはふん、と鼻を鳴らす。


「どうせ田舎の女らしく下品な手でも使ってユーゼル様に取り入ったのよ! わたくしが目を覚まして差し上げなくては……!」


 グレンダはノーラン侯爵家という、ブリガンディア王国でも指折りの名家の娘だ。

 幼い頃から、世界は常にグレンダの思い通りに動いた。

 男も女も、皆がグレンダに傅いた。

 ほしいものは何でも手に入れることができた。


 ……たった一人――ガリアッド公爵家のユーゼルを除いて。


 多くの乙女たちと同じように、グレンダは初めて会った時からそのミステリアスな貴公子に夢中になった。

 だが、彼は振り向いてはくれなかった。

 どれだけ美しいドレスを纏っても、きらびやかな宝石を身に着けても、流行りの化粧も香水も何の意味もなかった。

 有象無象の男性に愛を乞われても何の意味もない。

 たった一人、ユーゼルでなければ。


 幸いなことに、彼はガリアッド王国中のどの女性にもはなびく気配を見せなかった。

 だから、グレンダは安心していたのだ。

 長期戦にはなるだろうが、グレンダは名門侯爵家の娘。

 ユーゼルも落ち着いて考えれば、誰が一番自身の妻に、未来の公爵夫人にふさわしい女性か理解するだろう。

 そう思って、ずっと待っていたのに……。


(まさか、どこぞの田舎娘と婚約して連れ帰って来るなんて……!)


 まさに青天の霹靂へきれきだった。その知らせを聞いた時、王国中の乙女が涙したことだろう。

 グレンダも盛大に涙で枕を濡らした。

 そして、涙が乾いたころに湧いてきたのは……猛烈な怒りだ。


 今まで誰にもなびかなかったユーゼルが、いきなり婚約まで済ませたのだ。

 きっと、何か事情があるに違いない。

 大国の公爵が小国の伯爵令嬢に脅されるとは考えにくいが、何か弱みを握られているのかもしれない。


(それなら、わたくしがお救いしてさしあげなくては……!)


 グレンダは燃えていた。

 卑怯な手を使った田舎の伯爵令嬢ごときがユーゼルの妻として、ガリアッド公爵夫人として振舞うなんて許せない。

 絶対に、化けの皮を剥いでユーゼルの目を覚まさせてやる……!

 グレンダがそう闘志を燃やしていると、公爵家の使用人があらたまって咳ばらいをし、恭しく口を開いた。


「皆さま、大変お待たせいたしました。ただ今よりガリアッド公爵家当主のユーゼル様、並びに婚約者のエレイン様のご入場です」


 来た……! と目を爛々と輝かせ、グレンダは憎き女が現れるであろう場所を睨みつけた。




 ユーゼルにエスコートされ、エレインは会場へと足を踏み入れた。

 その途端、無数の視線がこちらへ向けられるのを感じる。

 だが、臆することはない。

 元は王太子の婚約者だったのだ。この程度の注目を浴びることには慣れている。


(さて……思った以上に、敵意はなさそうね)


 これでも前世は騎士。こちらに向けられる敵意には敏感だと自負している。

 不思議と、今エレインへと向けられる視線にはほとんど敵意が感じ取れなかった。


(多くが驚きのようだけど……何故? 今の私にそんなに驚く点がある?)


 実際の所、招待客の多くは現れたエレインの存在に目を奪われていた。

 小国の伯爵令嬢など、たいしたことはないだろう。そんな奢りを見事に打ち砕く、眩いばかりの美女が現れたのだ。


 その姿は森の妖精のように可憐で、とても敵意など抱けたものではない。

 更には愛らしさだけではなく気品と威厳を兼ね備えた凛とした立ち姿は、見る者に自然と畏怖を抱かせた。

 だが何よりもこの場の者たちを驚かせたのは、隣に立つユーゼルとの見事な調和だった。

 エレインが身に纏うドレスも宝石も、ユーゼルの瞳と同じ色をしている。

 更にはユーゼル自身も、傍らのエレインに愛しげな視線を注いでいるのだ。

 今までどんな女性にも興味を示さなかった、難攻不落の貴公子が、だ。

 寄り添う二人の姿は、まるで一枚の絵画のように完璧だった。

 誰もが、感じ取らずにはいられないだろう。


 ……ユーゼル・ガリアッドは、本気で隣の女性を愛しているのだろうと。


 一方エレインは、会場中に愛らしい笑みを振りまきながらも油断なくターゲットを探していた。


(えっと、お目当ての女性は……いた! きっと彼女ね!!)


 ぼぉっと見惚れるような視線の中でたった一つ。仇敵でも見るような鋭い視線。

 まっすぐにこちらを睨みつける存在に、エレインは内心でにやりと笑った。

 誰よりも華やかなドレスを身に纏う、美しいアッシュブルーの巻き毛を持つ女性。

 彼女こそが、事前に情報を得ていたグレンダ・ノーランに間違いない。

 これから、エレインが盛大に喧嘩を売るべき相手なのである。


(その目、いいじゃない……! もっと私を憎んでちょうだい……!)


 彼女には「反エレイン派」として盛大に暴れてもらわなければならないのだから。

 グレンダと視線が合った瞬間、エレインは今日一番の朗らかな笑みを浮かべてみせた。

 当然、グレンダが殺気交じりの視線をぶつけてくる。

 ここに、二人の戦いの火蓋が切って落とされたのだ

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