26 ドレスアップ
あっという間に、婚約披露パーティーの当日になってしまった。
「お綺麗です、エレイン様……」
「きっと集まった者たちもエレイン様の可憐なお姿に見惚れてしまいますわ!」
侍女たちからべた褒めされ、エレインはくすりと笑う。
「ありがとう。あなたたちが綺麗に着付けてくれたおかげよ」
本日のエレインが身に纏うのは、翠の煌めきを放つ鮮やかなドレスだ。
ドレスの袖は透明感のある生地でできており、花々や蔦の模様が施された刺繍が、肩から手首にかけて優雅に広がっている。
ウエストラインから広がるスカートは多重のフリルが交差し、まるで緑の波紋が広がっているかのような美しさを見せている。
それぞれのフリルの縁には薄く金糸が織り込まれ、かすかな輝きを与えていた。
ドレスを身に纏うエレインはまるで森の中に佇む妖精のように美しく、自然の息吹と高貴なる品位が融合したその姿に、見る者は息をのまずにはいられないだろう。
エレイン自身も初めてこのドレスを目にした時は、思わず感嘆のため息を零したものだ。
ドレス自身に文句はない。だが、自分が身に纏うとなるとどうにもむずむずしてしまう。
それというのも――。
「公爵閣下の瞳の色を纏うエレイン様……素敵です!」
その言葉に、エレインは舌打ちしたくなるのを寸前で堪えた。
そう、何を隠そうこの美しいグリーンのドレスは……。
(なにも、ここまでユーゼルの目の色と同じじゃなくてもいいじゃない!)
この一着は、エレインが自分で買い求めたものではなくユーゼルに贈られたものだ。
今日だって別のドレスを着たいと主張してみたが、いつになく頑固な侍女たちに半ば強制的に着せられてしまったのである。
「公爵閣下の瞳の美しさは社交界でも有名ですから」
「今まで幾人ものご令嬢が、アピールのために公爵閣下の瞳の色と似たドレスを身に纏うことがありましたが――」
「ここまで完璧な色合いのものは初めてです! それを公爵閣下の婚約者であるエレイン様が、お披露目の場で身に纏うなんて……歴史に残る瞬間になりますわ!」
大げさな……と呆れつつも、エレインはなんだかそわそわしてたまらなかった。
だってこんなの、二人そろって「浮かれすぎのバカップル」みたいな扱いをされるに決まっている。
(いや、悪女ムーブのためにはそれでいいのかしら? むしろ私は、ユーゼルを手玉に取る感じで行くか……)
残念なことに、今日までのエレインの爆買いはたいして悪評へと繋がってはいない。
それどころか、「ガリアッド公爵夫人としてはまだ足りない」かのようにも言われるのだ。
こうなったら今日の婚約披露パーティーで完璧な悪女っぷりを披露し、なんとか巻き返さなくては。
あらためてそう決意した時、部屋の扉が軽くノックされた。
すぐに対応した侍女が、喜色に満ちた声を上げる。
「エレイン様、公爵閣下がいらっしゃいました!」
(うげ)
こんな姿を見られたら何を言われるか……と思うとどうにも及び腰になってしまう。
だが、いつまでもここに籠城するわけにはいかない。
気を落ち着けるように息を吸い、エレインはユーゼルを通すように許可を出した。
「素晴らしい……まるで、森の奥にそびえたつ古城に住む深窓の姫君と出会ったかのようだ」
(実際は小国の王城で酔っ払いを成敗していた時に出会いましたけどね)
芝居がかった言葉でエレインを褒め称えるユーゼルに、エレインは気恥ずかしさを押し隠してお辞儀をしてみせた。
「お褒めに与り光栄です、ユーゼル様。こちらのドレスもユーゼル様が選んでいただいたとのこと、感激ですわ」
「俺のパートナーとして大勢に君をお披露目するんだ。最高に美しい君を皆に見せたかった」
(……いつの間に、そんなに口が回るようになったのかしら。昔は、剣と剣で語り合っていたのに)
ユーゼルの前世であるシグルドは、間違ってもこんな歯の浮くようなセリフを口にする人物ではなかった。
だから、現世での変貌に戸惑うと同時に……どこか寂しさのような感傷も覚えてしまう。
だがそれを押し隠すようにして、エレインは華やかな笑顔を浮かべた。
「ふふ、嬉しいです。ユーゼル様の婚約者として皆様にご挨拶できるなんて……」
「あぁ、俺も楽しみだ。それと……」
途中で言葉を切り、ユーゼルは背後に控えていた従者を呼び寄せた。
彼が持っているのは、美しい装飾の施されたベルベットの箱だ。
ユーゼルが丁寧な手つきでその箱を開く。
否応にも中身が目に入り、エレインは思わず目を見張った。
ネックレス、指輪、ブレスレット、イヤリング、ブローチ……。
美しい翠の宝石が煌めく、ジュエリー一式だ。
「ようやく、形になった。今の君も眩いほど美しいが……俺の手で、更に君を彩らせてくれ」
とろけそうな甘い笑みを浮かべ、ユーゼルはそう口にする。
「これだけ俺の色を纏えば、君は俺のものだと集まる者たちに牽制できるだろう?」
あまりにも真っすぐな愛情表現に、エレインの頬がじわじわと熱を帯びていく。
反論しようと、やりすぎだと言いたいのに、うまく言葉が出てこない。
「……私相手にここまでするのは、あなたくらいですよ」
結局口から出てきたのは、そんな負け惜しみでしかなかった。




