25 最初に君を彩る宝石は
「……いや、それは待ってくれ」
その反応に、エレインは「おや?」と首を傾げた。
今までエレインのドレス爆買いを諫めるどころか「もっとやれ」と推奨していたユーゼルだが、さすがに宝飾品となると動く金の桁も変わってくる。
さすがに、ストップをかけにきたのだろうか。
(よし! ここで無理を通せば私の悪評が広まるに違いないわ!)
内心でにやりと笑い、エレインは胸を張って宣言した。
「あーら、さっきまでは散々『もっと衣装を増やせ』と仰っていたのに、宝飾品となると随分と及び腰になるのですね。わたくしにお金を費やすのがそんなに嫌なのですか?」
嫌味ったらしくそう言ってやると、ユーゼルは静かに立ち上がった。
「……いや?」
彼の翡翠の瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。
まるで、エレインの心の奥底まで見透かそうとするかのように。
「っ……!」
じわじわと体温が上がっていくのを感じ、エレインはとっさに目を逸らしてしまった。
……それがいけなかった。
「君が望むのなら、俺はすべての財を投げ捨てても構わない」
「ひゃっ!」
一瞬でエレインの背後を取ったユーゼルに、背後から腕を回され軽く抱き寄せられる。
「ただ、俺の沽券にかかわると思ってな」
「こここっ、沽券!?」
あまりにも突拍子のない行動に、エレインはニワトリのように奇妙な声を上げてしまった。
「……この国では」
耳元でユーゼルが囁くたびに、びくりと体が反応してしまう。
これがユーゼル以外の人間であれば一瞬で振り払うことができるのに、何故か体がふにゃふにゃになってしまったかのように言うことを聞いてくれない。
「婚約が成立した時に、その証として男性が愛する女性に選び抜いたジュエリー一式を贈るという慣習がある」
「そ、それで……?」
「この喉も、指先も」
「ひうっ!」
急に指先で喉を撫でられたかと思うと、もう片方の手でぎゅっと手を繋がれ、指元をゆるゆるとユーゼルの指がなぞる。
「手首も、耳元も、額も……」
ユーゼルの指先が、次々とエレインの体の一部を掠める。
子猫の戯れのような些細な接触なのに、エレインはまるで高熱に浮かされるように何も考えられなくなってしまう。
「最初に君を彩る宝石は、俺が贈ったものでなければ困る。最高級の物を選定しているから、もう少し待っていてくれ」
懇願するようにそう言い含め、ユーゼルはエレインを解放した。
たっぷり数秒かけて、エレインはユーゼルの言葉を咀嚼する。
つまりは……婚約者として最高のジュエリー一式を最初に贈りたいから、自分で選ぶのはもう少し待っていてくれということなのだろう。
「……だったら! 最初から手短にそう言ってください!」
そんなの、口で説明すれば数秒で済んだというのに。
先ほどの、意味深な触れ合いはいったい何だったのか。
「やはり間近で君を浴びるとインスピレーションが湧く。最高級の物を贈るために、入念な調査は欠かせないんだ。さっそく職人に追加のオーダーをしなければ」
「……もう、勝手にしてください」
駄目だ。今日は調子が悪い。
これ以上彼と話していても、彼のペースに飲まれてしまいそうだ。
そう自分に言い聞かせ、エレインはぷりぷりと起こりながら執務室を後にした。
……当初の目的がまったく達成できていないと気づいたのは、自室へ帰り着いてからだった。
ダメもとで侍女たちに「宝飾品を購入したいのだけど……」と頼んでみたが、既にユーゼルが手を回していたらしく、いつもエレインに甘い彼女たちには珍しくきっぱりと断られてしまった。
「いくらエレイン様の頼みでもそれだけは聞けませんわ」
「だって、公爵閣下がお選びになった最高級のジュエリーセットで、エレイン様を艶やかに彩るのがわたくしたちの夢なんですもの……」
うっとりとした表情でそう言われてしまえば、それ以上我を通すことなどできなかった。
「……ちなみに、公爵夫人であれば三つほどの衣裳部屋を持っているのが当たり前というのは――」
「えぇ、その通りです。現状、エレイン様のお衣装はまだまだ不足しております」
「この国では朝食時、午前、昼食時、午後、夕方、夕べ、就寝時、外出時……その他もろもろで衣装を変えるのが推奨されております。特に夜会の場では、何度もお召し変えすることも――」
「ひえっ!」
想像しただけで眩暈がするようなブリガンディア王国の常識に、エレインは気が遠くなりそうだった。
さすがは大国。エレインからすれば無駄でしかない行動が多すぎる。
だが――。
「……私、今はあまり着替えずに済んでいるのだけれど」
「エレイン様の故郷の慣習を優先するようにと、公爵閣下からお達しが出ております。ただでさえエレイン様は慣れない異国の暮らしで疲弊しているのだから、合わせられる部分はすべて合わせ、できるかぎりエレイン様に負担をかけないようにしてほしいと」
「ユーゼル……様、が?」
まさかユーゼルが使用人にそう言い含めているとは露しらず、エレインは目を丸くする。
そんなエレインを見て、侍女たちは微笑ましそうに口元を緩めた。
「それだけ、公爵閣下はエレイン様を愛していらっしゃるのですよ」
「っ……!」
とっさに俯いてしまった。
だがそれでも、赤く染まった耳たぶは隠しきれていないだろう。
(なんなのよ、もう……!)
ユーゼルは前世の宿敵。なんとしても復讐してやりたい相手なのに。
……彼と再会してから、ずっと調子を狂わされてばかりだ。




