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24 どうなってるのよこの国は!

 公爵直々の呼び出しに、エレインは勝利を確信した。

 いまいち何を考えているのかよくわからないユーゼルだが、やっと、彼もエレインがとんでもない悪女だと気づいたのだろう。

 話と言うのも「君がそんなに分別の付かない女性だとは思わなかった。婚約は破棄だ! いますぐここから出て行け!」という宣言に違いない。

 これは嬉しい誤算だ。婚約披露パーティーで勝負をつけるつもりだったが、まさかその前に屋敷を追い出される機会に恵まれるなんて!


「そうね……公爵閣下にお会いするんですもの。一番華やかなドレスを着ていかなくては」


 最後のダメ押しとばかりに、エレインは今までに購入した中でも一番高価なドレスを手に取った。

 いかに、自分を浪費家の悪女として着飾るかを考えながら。


「失礼いたします」


 ユーゼルの執務室へ足を踏み入れると、執務机越しに彼と目が合う。

 じっとエレインの頭のてっぺんからつま先までをユーゼルの視線が検分していく。

 その動きに、エレインは声を上げて笑い出したくなるのを必死に堪えた。


(ふふ……許せないでしょう? こんなに贅沢を尽くした私のことを! さぁ、早く婚約破棄を宣言するがいいわ!)


 なんてことを考えつつ、エレインは優雅な笑みを取り繕う。


「驚いたな……」


 そう呟き、立ち上がったユーゼルが一歩一歩こちらへ近づいてくる。

 エレインはどきどきと高鳴る胸を押さえ、ユーゼルがこちらを糾弾する言葉を待っていたが――。


「やはり……よく似合っている。いつもの清楚な君も素敵だが、こんな風に絢爛たる姿も息をのむほど魅力的だ。本当に……君は俺の心をとらえて離さない」

「…………え?」


 うっとりするような笑みを浮かべたユーゼルに甘い言葉を吐かれ、エレインは唖然としてしまった。


「えっと……ご存じないようですがこのドレス、ものすごく値が張りまして――」

「あぁ、知っている。生地も装飾も一級品だ。相応の値が付くのは当然だろう。王族に謁見する際でも見劣りはしないから安心するといい」

「それは安心しました……じゃなくて!」


 うっかり頷きかけてしまったが、我に返ったエレインは慌てて告げた。


「私、ものすごく値の張るドレスをたくさん買い込んでいるんですよ!?」

「あぁ、報告は受けている。是非俺の前で一着ずつ着用した姿を見せてほしいものだ」


 ユーゼルの前でファッションショーのように数多のドレスを披露する姿を想像してしまい、エレインの頬に熱が集まる。


(本当に、何言ってるのよこの人は……!)

「そうじゃなくて……何で怒らないんですか!?」


 ついに直球でそう訴えると、ユーゼルはきょとんと目を丸くした。

 まるで、エレインが何を言っているかわからないというように。


「君の行動の、どこに俺が怒る要素が?」

「だって私、こんなにも公爵家のお金を浪費しています!」

「必要経費だ。問題ない」

「いやいや、普通あんなにドレスはいらないでしょう!?」

「そうなのか? だが、まだ君の第一衣裳部屋すら埋まっていないじゃないか」

「第一……?」


 とんでもない言葉が聞こえてきて、エレインは表情を引きつらせる。


「あぁ、公爵夫人という立場であれば、最低でも三つほど衣裳部屋を埋めておくのが『普通』だ。心配しなくても、第五衣裳部屋までは確保してある。安心して衣装を増やすといい」


 何でもないことのようにそう告げるユーゼルに、エレインはくらりと眩暈がしそうだった。


(どうなってるのよ、この国は……!)


 女騎士として生きた前世では、とても衣装に気を遣う余裕などなかった。

 フィンドール王国の伯爵令嬢として暮らしていた時も、周囲に馬鹿にされない程度の衣装は揃えていたが、とても衣裳部屋を複数持つなどという思考すら出てこなかった。

 なのに、この国ではどうやらエレインが必死に頑張った程度の贅沢は「普通」であるらしい。


「使うべきところに金を使い、経済を活性化させるのも上に立つ者の重要な仕事だ」

「そうですか……」


 あまりにも感覚が違いすぎる。

 まるで婚約を申し込まれた直後に、ユーゼルがフィンドール王国の王都中の店を荒らしていた時のようだ。

 あの時は「どれだけ浮かれてるのよ……」と呆れたものだが、もしかしたらあれが彼にとっての「普通」なのかもしれない。


(くっ、こうなったらもっと派手に浪費しなきゃ……!)


 ドレスよりも値が張るものと言えば――宝飾品だ。


「……わかりました。それなら、わたくしを着飾るのに必要な宝飾品もバンバン購入させていただきますわ!」


 やけくそになりながらそう宣言すると、初めてユーゼルは不満そうに表情を動かす。

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