想い想われる
先程から熱心に語っている殿下のお話が私にはピンと来ない。
「全然わかってないって顔しているね。じゃあ例えばだ。もし私が他国の王子で、君が一言攫って欲しいなんて言ったら、私はこの国を潰してでも君を攫う自信がある」
なんだろう、その想像のつきにくい例えは。
「なんせ普段、表に出たがらない影が自ら動くんだからね」
「あの、影の方は本当に私を助けてくださっただけなので」
「わかってる。罰したりなんてしないから」
「良かった」
あまりの威圧感にあの影の方の首が飛ぶかも、なんて思ってしまった。
「とにかく!」
殿下の凄みのある声色に、勝手に背筋が伸びた。
「君は自分の魅力がわかっていない。そして全くの無防備」
「はい」
「だから私は心配でたまらない」
「はい」
「私は君を全力で守りたい。日がな一日ずうっと傍にいたい」
「はい」
「サーラ。君のことが好きだから」
「は、い?」
「一目惚れだったんだ……あの茶会の日、遠くから見ただけで私は君に釘付けになったんだよ」
「それまで幾度も茶会はあった。婚約者候補なんていうのも作られかけたしね。どんなに美しい女性や、可愛らしい女性を連れて来られても、1ミリも私の心は動かなかったんだ。私が全く女性に見向きもしないから、男性の方が好きなのかと父上に聞かれたこともあったよ」
苦笑する殿下だったが、国王様にそんな質問をさせるなんて。その時の国王様に同情してしまう。
「そんな私がだ。遠目から見ただけの女性に。シェルピンクのシンプルなドレスを着こなして、淡い紫の髪をなびかせたレディに一目惚れしてしまったんだ。なのに、あっという間に失恋して。あの時は隣国に逃げられて心底良かったと思ったよ」
「それでも、私の話に興味を持って聞いてくれていた君が忘れられなくて、せめて手紙で友人として、隣国の事を教える事で絆を繋ごうと思ったんだ」
あの当時、トンマーゾが殿下を疑っていたのは間違いではなかったのか。
「君がトンマーゾから婚約解消を言われたと聞いた時の私の気持ちがわかるかい?君が傷ついているであろうことに心を痛めると同時に、これで君を私の物に出来るチャンスが来たんだと喜んでいたんだ」
話しながら俯いてしまった殿下。
「こんな私を軽蔑するかい?」
キューンと私の胸の中心辺りが鳴った。可愛い、そう思ってしまった。大人びた美しい青年のしょぼんとした姿にキュンキュンしてしまったのだ。
「あの、お顔を上げてください。軽蔑なんてしていませんから」
「本当?」
うう、可愛い。
「本当です。軽蔑どころか、私は殿下に感謝しているのです。命を助けて頂いた事も勿論ですけれど、カフェでの殿下の対応も、今回の殿下の献身的な看病も。私は殿下に助けてもらうばかりで心苦しいです」
「クッキーを作ってくれたじゃないか」
「それだけです。殿下から頂いた、たくさんの心を私はまだ返せていない……」
「そんな事。サーラは気にしなくていいんだよ」
「気にします。好きな方の事ですもの」
「……え?」
「え?」
何か言ってしまった気がする。自分の言った言葉を思い返して、身体中の熱が顔に集まってきたのを感じた。
「本当!?」
「うっ」
「サーラ」
「はい……本当です」
「サーラ!」
腕を引かれる。突然過ぎてバランスを失い、見事に殿下のいるベッドにダイブしてしまった。気が付けば殿下の腕の中に上半身が収められていた。
「嬉しい、嬉しいよ。サーラ」
苦しいくらいに抱きしめられる。またドキドキが大きくなってしまう。ドキドキし過ぎて心臓が痛い。
抱きしめていた腕がほどかれると、今度は間近で殿下に見つめられる。
「サーラ。結婚してくれる?」
婚約でもなくいきなり結婚という言葉に、びっくりしてしまう。
「あ、あの。とても嬉しいのですけれど、なにぶん自覚したのがつい先ほどでして。だからあのちょっと待って……」
殿下の手が私の髪を梳き、頬を撫で、首筋を撫でていった。
「!」
背中がぞわぞわする。
「あ、あ、あの。殿下」
「ん?なあに」
再び髪を梳く殿下の手の行方が気になって仕方がない。
「あの、話を……」
「うん、聞いてるよ」
再び頬を撫でられる。そしてすうっと首筋をかすめるように撫でられた。
「ひゃ!」
「……」
「……」
変な声が出てしまった。今日だけで何度目だろう。顔が熱過ぎる。
「クッ。ククク。サーラ、可愛い」
思いっきり笑われてしまった。




