大団円(下)/これからも、いつまでも。
夜。俺達は久しぶりにバックス邸にいた。
ソーシャの計らいにより、数百年ぶりに集まった仲間達と宴会をしようという話になったのだ。
そして、今は丁度宴会の真っ最中。
俺は火照った体を冷やす為に外にいた。
夜風が盛り上がった身体を優しく撫でる。
この高揚した爽快感も、いつ振りだろう。
澄んだ空気を肺いっぱいに満たし、深呼吸して宴席に戻ろうとした、その時だった。
背後から聞き慣れた声が微かに響く。
「ほら、行きなよラナ」
「でも私だけなんて……!」
「フフッ、ボク達にはお構いなく」
リッカ、ラナ、シーシャの声だ。
彼女達も涼みに来たのだろうか?
そう思い振り向くと、何故かそこにいるのはラナ1人だけだった。
2人の声は気のせいだったのだろうか。
ラナは、俺を真っ直ぐ見つめて動かない。
永い時間を経て美しく成長した彼女。
しかし今は、何故かかつての幼い彼女にも似たあどけなさが僅かに見える。
少し顔の赤い彼女は、一呼吸置いて叫んだ。
「あ……アリク様!」
「……久々だな、その呼び方は」
恐らく呼び止めるつもりで叫んだのだろう。
なら彼女の望み通り、少し残ろうか。
……2人きりで話すのもたまにはいい。
いつものように肩を並べる俺とラナ。
この安心感はいつになっても変わらない。
それどころか年月を経るごとに安堵は強くなり、ラナという存在はよりかけがえのない存在へと変わっていった。
そんなラナが、柔らかな口調で話し出す。
「やっと、ここまで来れました」
「ああ。頑張ったな」
「いえいえ、皆さんのおかげです」
そう言って笑うラナ。
彼女が龍皇になり、世界は少し変化した。
かつて見た人間と魔獣の戦争から数千年の時を経て、やっと「共存」への道が開かれた。
これも全て彼女の努力の賜物である。
しかし、ラナは謙遜する。
「みんながいたから、ここまで来れたのです」
小さく呟くと、ラナはふんわりと微笑んだ。
どこまで行ってもラナはラナだ。
俺は改めて、彼女の強さに胸を打つ。
「でも、まだまだこれからです」
「さすがのやる気だな」
「昔からやる気だけは人一倍なので!」
そう言ってガッツポーズを取るラナ。
シックなドレスに身を包んだ彼女がかつてのようにはしゃいでいると、どこか不思議な感情を覚える。
しかし彼女はすぐにその手を下ろす。
そして一度咳払いし、目を閉じた。
途端に纏っていた幼さが搔き消える。
そして静かに風のそよぐ中、そこには1人の大人びた少女の姿が残っていた。
「……だから、アリク様」
改まった口調でそう呟くと、ラナは振り返って俺の顔を見上げた。
俺も彼女の顔を見る。
その瞳には、真剣さと、少しの怯えが滲む。
「私がどこまで行けるかわかりません。夢半ばで折れるかもしれませんし、手が届かないかもしれない」
それはラナには珍しい、失敗した時の保険のような言葉たちだった。
ここまできて夢が叶わない。
折れてしまった時の保険。
彼女もまた、失敗を考えていないわけではなかった。
しかしそこに怯えはない。
もっと別の場所、彼女の語っていない位置に彼女の恐怖は隠れている。
そう感じた時、ラナは続けた。
「それでもあなたは……これからも、そばにいてくれますか?」
「……ラナ、それは」
「………………」
俺の目を見て沈黙する。
その瞳は月に照らされ輝き、振り絞った勇気が涙という形で溢れかえりそうになっていた。
これが怯えの正体だと、俺は理解した。
……なるほど、怯えるわけだ。
俺は今まで散々彼女の想いから逃げ、我儘を尽くしてきた最低な男だ。
なのに彼女は俺を見放さない。
その理由を、とうとう俺は理解できなかった。
これを年貢の納め時と言うのだろう。
俺は自らの逃げ道を断ち、本心を伝える。
恐怖は、あった。
決断から逃げ出したい気持ちもあった。
しかし俺は、その弱さから決別する。
ラナのように一呼吸置き、呟く言葉。
これが俺の答えだ。
「……当たり前だ、ラナ」
「…………!!」
俺の答えに、ラナは口元を押さえ驚いた。
そんな彼女が愛おしくて、俺はかつてのように頭に手を置き優しく撫でた。
長い髪がサラサラと指をくすぐっていく。
手を置く位置も、昔よりずっと高くなった。
そんなラナと視線を合わせる。
瞳からは涙が一筋、流れていた。
ここまでずっと引っ張ってきたのだ。
泣いてしまっても仕方ない。
俺は彼女の頬に手を置き、親指で涙を拭いながらそんな彼女に囁いた。
「俺でいいなら、いつまでも」
すると彼女は、俺に勢いよく抱きついた。
バランスを崩し倒れる俺。
幸い、地面は柔らかな草で覆われていた。
俺の胸に顔を埋め、泣き続けるラナ。
罪悪感と愛おしさが俺を満たしていく。
この約束は破らない。
彼女が生き続ける限り、俺はいつまでも彼女を見守り続けよう。例えどんな辛いことがあろうと、彼女のそばに立ち続けよう。
俺は彼女を抱き締め返す。
するとラナは、俺の胸の中で、声をくぐもらせながら呟いた。
「好きです……」
「大好きです!! アリク様!!!」
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
『召喚術師ですが、勇者パーティを追い出されました。〜実は最強モンスターも召喚できます〜』は今回で完結といたします。
約一年と半月、書籍化もさせていただき、多くの読者様からの応援もありここまで書き上げることができました。
数々のご指摘、感想も嬉しかったです。
本日、この作品に変わる新連載を開始しました。
ジャンル違いのラブコメディではございますが、こちらも読んでいただければ幸いです。
書籍版もどうかお手にとってみてください。
最後が宣伝になってしまい申し訳ございません。
長くなりますので、これにてお別れとさせていただきます。
どうかこの物語の後を、キャラクター達の歩んだ道が幸せに続きますよう、作者も祈っております。
それでは皆様、誠にありがとうございました。





