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幼い暗黒龍

 

 その夜、私は夢にうなされて起きました。

 最近見ているあの夢です。

 悪夢ではないのですが、何故でしょう?

 それは私にもわかりませんでした。


 一度起きるとなかなか寝つけません。

 隣ではアビスさんが寝息を立てています。

 リヴァイアさんだとこうも行きません。

 彼女……結構イビキがうるさいのです。

 アリク様と対策を考えるくらいには。

 そのアリク様は隣のベッドで寝ています。

 私とアビスさんが使う3人用のベッドと比べると、とても小さく見える1人用のベッドで。

 しかも、体を小さく丸めて。

 これはアリク様の癖のようなものです。


 お二人を起こすわけにはいきません。

 少し外の空気でも吸いましょう。


「アビスさん、少し失礼しますね」

「……ん——……」


 一声かけて布団を抜け出します。

 外気はほんのり涼しく、心地が良いです。

 私は少し火照っているようでした。

 寝苦しかったのはこれが原因でしょうか?

 そんな事を気にしつつ、私は寝間着のまま畑のある庭へと出ました。


 そこには先客がいました。

 気配に気づいた私は、屋根の上を見ます。


「リッカちゃん?」

「あ、ラナ。どうしたの?」

「……ちょっと眠れなくって」


 気配の正体はリッカちゃんでした。

 動きやすそうな格好で空を見ています。

 その手には湯気の立つマグカップ。

 どうやら中身は牛乳のようです。

 いつの間に沸かしたのでしょう……?

 私は気づきませんでした。


 聞くと、どうやら彼女も眠れない様子。

 落ち着かなくて星を見ているそうです。

 久々の帰宅ですから、仕方ないです。

 でも何故屋根に登っているのでしょう?

 別に地上でも星は観れるのに。


 しかし今は眠れない者同士。

 星の位置的に、夜明けはまだ遠そうです。

 今は二人で眠れるまで一緒にいましょう。

 そのために、私も屋根へ登りました。


 翼を使う必要なんてありません。

 人間の姿でも一飛びです。


「いいの? 付き合ってくれて」

「私も眠れませんから大丈夫です!」

「……ありがと、ラナ」


 言いながら彼女は恥ずかしげに笑います。

 昔も素敵でしたが、今の笑顔は格別です。

 やはりアイドルだからでしょうか?

 私だけに向けられて良いのでしょうか?

 それくらい美しい笑顔でした。


 そのまま私達は、彼女の持っていたホットミルクを回し飲みしながら少し語らいました。

 意外と二人きりで話すのは珍しいです。

 普段はアリク様かアビスさんがいますし。

 でも決して気まずくはありません。


「自然な流れで帰って来ちゃったけどさ……やっぱ、正直少しだけ緊張した」


 ……ちょっぴり話題は重いですが。


「でもアリク様、喜んでましたよ?」

「向こうでもたまに会ってるのに」

「やはり家で一緒にいるのは違うんですよ」

「えー、そんなもんかなぁ?」


 そう言って考え込むリッカちゃん。

 この辺りはアリク様に似ています。

 少しだけ鈍感といいますか。

 ちょっと素直じゃない感じ、ですね。

 ……リッカちゃんはいつも通りかな?


 言葉が途絶え、私は空を見上げました。

 夜明けに近く、でも陽光はない星の位置。

 この時間に起きているのは久々です。

 最後に見たのはアリク様に久しぶりの召喚を受ける前だったでしょうか。

 この時間の星は夜の海に似た美しさです。

 心が洗われるよう、ですね。


 そんな空に見とれている私。

 そこに、リッカさんが質問してきました。


「二人は、その……どう?」

「…………えーと」


 咄嗟の質問に少し言葉が詰まります。

 二人というのは語らなくてもわかります。

 アリク様とマキナさんの事です。

 たぶんこれが緊張の1番の理由でしょう。

 彼女の立場なら、気になって当然です。

 アリク様達がどんな日常を送っているか。


 でも、正直気にする程ではありません。

 確かにお二人は昔に比べ距離が近いです。

 しかしながら、その程度です。

 昔の関係の延長線上。

 こだわりが強い、仲の良い二人。

 似た者同士で協力し合える仲の良さ。

 私はそう捉えていました。

 この感想をリッカちゃんに伝えます。


「………………そっか」


 少し溜め、リッカちゃんは答えました。

 微笑みながら俯いた彼女の横顔。

 そこに昔のリッカちゃんはいません。

 大人びた陰は、シーシャさんのようで。

 でも、それ以上の妖艶さがあって。

 私はこの瞬間まで忘れていました。

 彼女がサキュバスである事を。


 星の光に照らされた、瑞々しい肌。

 皮が剥けたような表情の陰影。

 瞳の奥から私を覗くような魔性。

 まさにこの夜のような美しさ。


 そのまばゆい魅力に、私の心は引きずり出されそうになっていました。


「アタシだって立ち直るんだから!」

「ふぇあっ!?」

「……どしたの?」

「い、いえ何でも!!」


 ——でも、簡単には変わらないようで。

 彼女の中身はいつもと変わりません。

 元気に恋い焦がれるリッカちゃん。

 やっぱり彼女はこうでないと。

 私にあった些細な不安も吹き飛びます。

 惹きつけられていた魔性の魅力も一緒に。


「ワンチャン寝取ってやろっかな……!」


 何か少し思想が過激になっていますが。

 ……その時はどうすれば良いのでしょう。

 マキナさんは当然応援したいです。

 でもリッカさんの恋心も知ってますし。

 しかしその、それは、モラル的に……。


「ラナはどうなのさ」

「え?」


 不意に話題が振られました。

 リッカちゃんの目はギラギラしています。

 まさか……本気なのでしょうか。


 ってそうじゃありません!

 どう、と振られた私への話題。

 一体何を指しているのでしょうか。

 私にはさっぱりわかりません。

 その割にかなり興味深々なリッカちゃん。

 燃えるような瞳で私を見つめています。

 でも私には全く心当たりがない。

 ……困りましたね、これ。


 だとしても放置はできません。

 私はリッカちゃんの瞳を見つめ返します。

 可能な限り疑問が伝わるような形で。

 何が? とは言いにくい状況なので。

 するとリッカちゃんは付け足しました。


「1番アリクの近くにいたのってラナな訳じゃん? 正直ライバルはラナになると思ってたし」


 ……なるほど、見えてきました。

 でも、どう答えるべきなのでしょう。


 確かにアリク様の側に1番いたのは私です。

 それは私も誇りに思っています。

 私は確かにアリク様を尊敬しています。

 アリク様の側にいる事に幸せを感じます。

 だけど、彼女の言うものとは違うのです。


「……わかりません」

 私にはそうとしか答えられません。

 だって、そうなのです。

 ただ隣に立って肩を並べるだけ。

 それだけで私は幸せを感じるのです。

 これを恋だと呼べるのでしょうか?

 私はそれは違うと思います。


 近くにいて安心できるような存在。

 一緒にいると楽しくなれる人間。

 それが、私にとってのアリク様です。


「え? ええぇっ!? ウソでしょ!!?」

「…………はい、お恥ずかしながら」


 私はまだまだ無知な子供です。

 リッカちゃんの何倍も生きてる筈なのに。

 でも1つ、確かに言える事があります。

 私の感情はリッカちゃんと同質じゃない。

 ならきっと、これは恋ではないのです。


「ああああ! わっかんなくなってきた!」


 私の回答でリッカちゃんが取り乱します。

 私はそれを必死に落ち着かせました。

 当然です。私のせいなのですから。

 しかしどうすれば落ち着くでしょうか。

 今は夜。騒ぎは避けたいところです。


 ここはひとつ、リッカちゃんの思い通りにしましょう。きっとそれが一番良いはずです。

 彼女もストレスを溜めているはず。

 それを発散できる何かをしましょう。


 私はそうリッカちゃんに提案しました。

 すると早くも答えは返ってきました。


「ラナ!!」

「は、はい!?」

「空までぶっ飛ばしてくれない!?」

「……はい! お付き合いします!!!!」


 リッカちゃんがそれを望むなら。

 この村に来た日以来の夜の遊覧飛行。

 それも、超速がお望みのようです。

 畑を踏み荒さないよう変身解除。

 元の姿でリッカちゃんを背に乗せます。


 私自身もモヤモヤしています。

 夢の事と自分の幼さと、気持ちについて。

 でも正直、考えてもわかりません。

 なら、一緒に飛ばしてしまいましょう。


『掴まってください!!』

「うん!!!」


 悩みも不安も追いつけないスピードで、私達は夜明けまで空を飛び続けました。



 それが、まさかあんな事になるなんて。



 * * * * * * * * * *


 夜明けと共に帰ると、そこにはいつも通りの景色が広がっていました。


 朝早くから農作業をする人々。

 家事に追われるみんな。

 煙突から立ち昇る煙の数々。

 そして、私達の家。

 でも、たった1つ欠けていました。


 アビスさんは寝ています。

 私とリッカちゃんもいます。

 昨日の洗い物も済ましています。

 指差しでそれを確認しました。


『アタシ、探してくる!!』


 元の姿に戻ったリッカちゃん。

 その勢いのまま、家を飛び出しました。

 家に残されたのは私とアビスさんだけ(・・)

 不安になった私は、彼女を起こしました。


「……お、起きてください」

「…………ん?」


 うとうとした様子で目覚めるアビスさん。

 しかし、私は余裕を欠いていました。

 彼女の様子を測れない程度に。

 私は起きたばかりの彼女を抱きしめました。

 そして……不安を殺して、伝えます。


「アリク様が……アリク様が…………!」

「——ん、どうし——たの?」


「アリク様が、いないんです……っ!!」


 それ以外の全てが揃った私達の家。

 そこから何故か、アリク様のいた痕跡だけがすっかりと無くなってしまっていたのです。


 今日も世界は平和です。

 でも、私の心は平和ではありません。


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