最強『ではない』剣士
『剣士に最強はいない』。
世間で語られる名言である。
剣を握れば人それは剣士になる。
今の俺も剣士と呼ばれておかしくない。
故に数多くいる剣士の中に最強はいない。
言葉の意味を支えるか細い理由だ。
俺はこの与太話を一切信じていない。
最強では無いにしても、最も厄介な彼女を前にして俺の緊張は高まっていった。
「アリク様、下がってください!」
「お前こそ気をつけろ、そいつは……!」
ラナと肩を並べて警戒する。
彼女は純粋に俺が心配なのだろう。
目の前の脅威が未知数であるが故に。
だが、俺はその反対だ。
触手を一撃で対処した『剣士』。
彼女の"力"はまだ生きている。
どこまで再現されているかは不明だ。
しかし警戒は極限まで払う。
全壊剣を握り、動きに備える。
「誰かと思えば、無人島の……!!」
『…………』
「まさかお前まで蘇っているとはな!」
リヴァイアサンが何かを思い出し叫ぶ。
そうか。彼女と『剣士』に面識があっても、何もおかしくはないのか。
『剣士』が死亡したのは無人島だ。
死因は不明だが関連はあるかもしれない。
彼女の言葉からは警戒心が漂う。
恐らく『剣士』の異様も知っている。
……リヴァイアサンすら一目置く存在。
現状で最も説得力のある説明だ。
一番わかりやすい物差しかもしれない。
何故なら彼女の"力"は。
強い弱いの物差しが、通用しない。
「——! ラナ、危な、い!!」
「え——っ!?」
瞬時に危機を察知したアビス。
言葉を頼りに、ラナも直感で飛び退く。
彼女の胸元には『剣士』の振るう切っ先。
妖しく光る細剣が、胸を掠めていた。
回避できたと安堵するべきか。
いや、反応としてはそれは間違っている。
人間態とはいえラナは暗黒龍。
その防御力だけは健在のはずだった。
しかし目の前の光景は現実を歪める。
切っ先が掠めたラナの胸。
黒い外套に、一筋の切れ込みが入る。
暗黒龍の鱗が変化した外套に、だ。
「!? き、きゃあっ!」
僅かにはだけるラナの胸元。
驚きの混じった悲鳴を彼女は上げた。
俺とシズマはその光景を見て確信する。
異様な"力"も、まだ生きている。
胸元を切られ怯んだラナ。
そこに容赦なく『剣士』が迫る。
……まずいな、これは。
「アビス! 『剣士』を拘束しろ!」
「——ん!!」
返事をしたのはアビスの人格。
超速の触手が『剣士』を拘束に入る。
『剣士』もすかさずそれに気づく。
僅かだが集中は逸れた。
だが、拘束には至らない。
一切の回避を『剣士』は取っていない。
触手が避けているわけでもない。
まるで無数の触手の中にある僅かな安全地帯を、予め知っているかのようだ。
「————!?」
「マスターの指示に従え!」
「——!!」
「その剣士は"そういう存在"なんだ!」
惑うアビスをリヴァイアサンが鼓舞する。
彼女の表現は正確に的を射ていた。
不可思議な強運で攻撃が当たらない。
謎の力で防御を無視される。
高水準な戦闘技術・能力。
それを身一つで全てこなす異常性。
『剣士』に強さの定義は通用しない。
ただただ理不尽な存在である。
個として敵に回すなら一番厄介だ。
「私がマスター達を守り、お前を支える! アビスはマスターの指示に従うんだ!」
「————!」
リヴァイアサンとアビスが連携する。
彼女達にしか出来ない芸当だ。
右半身のアビスが『剣士』の捕縛を。
リヴァイアサンは左半身でサポートを。
そんな神業を、つつがなくこなしていく。
ラナを安全地帯へ送るチャンスだ。
俺もラナの側へ走り、アビスの作ってくれた隙をついて彼女を救出する。
完全に不意を突かれた彼女。
表情は普通だが、大丈夫だろうか。
「ラナ、怪我は?」
「特にないですけど、服が」
「直せるのか」
「召喚か変身を解除すれば、でも今は……」
救出したラナは予想以上に冷静だった。
破れた胸元を結び露出面積を小さくする。
その目は『剣士』を捉えて離さない。
俺も攻めるか。
「シズマ、合わせろ!」
「了解」
シズマと共にアビス達へ加勢する。
ラナもすぐに戦線復帰できるだろう。
その前に、俺も試したい事がある。
俺とシズマの身に宿ったサキュバスの力。
それが果たして『剣士』に通用するか。
狙いを定め『魅惑』の矢を放つ。
シズマと俺から放たれた目に見えぬ矢。
片方が回避されてももう片方が迫る。
そのうちの一矢が、彼女の体を掠めた。
「効いた! というか命中した!」
「畳み掛けるぞシズマ!」
「わかってるって!!」
瞬間的に鈍くなるその動き。
サキュバスの能力は効くようだ。
しかも命中した、こんな好機は他に無い。
全壊剣を彼女の懐に叩き込む。
シズマも魔術の剣を振り下ろした。
耐久力はイゴウと大して変わらないはず。
だが、決着に至らない。
「なっ……!?」
躍動的な格好のまま静止した『剣士』。
そこに与えられる俺達の一撃。
しかし『剣士』は、まるでそれがわかっていたかのように眼前から姿を消した。
いや、彼女は俺達の足元にいた。
動けないまま、間一髪で転んだのだ。
攻撃を縫うかのように転んで避けた。
こんな強運があってたまるか。
相変わらずの理不尽に頭が熱くなる。
しかも転んだだけでは終わらない。
『魅惑』の効果が切れた瞬間を逃さない。
足を掴もうとする彼女を間一髪で避ける。
「やっぱ『剣士』の運はおかしい!」
シズマもその運に辟易していた。
アンデッドかどうか以前の問題だ。
イゴウの攻略とは話が違う。
1体にこれだけ苦戦させられるとは。
——逃げてしまおうか。
彼女は手に負えない。
俺達の目的は飽くまでブライだ。
こんな場所で止まっている訳にいかない。
いくら強かろうと、無視すればいい。
だが、そうもいかないようだった。
俺達に向かって手を伸ばす『剣士』。
その体に……透明な触手が巻きついた。
散々追跡し、避けられた彼女達の触手。
それがついに追いついたのだ。
「当たる攻撃と当たらぬ攻撃に差はない」
『…………!』
「厄介な"運"という盾に守られたお前だ」
尖りきった闘争本能と諦めない精神。
ここで逃げれば彼女は不安材料になる。
それをリヴァイアサンは知っていた。
だからここで、攻略法を見つける。
俺の闘志も再び炎を灯もす。
ここで引いては面倒を先に延ばすだけ。
もう少し、この面倒に付き合おう。
「ならば……答えは簡単だ!」
『剣士』の死を見た者が声高に語った。
彼女の見つけた、大雑把な攻略法を。
「一撃の必殺を命中するまで繰り返せば良い……! あの時のようにな!!」





