モンスターの秘密(後編)
時間は変わらずリヴァイアサン達の視点。
ほぼ完全勝利を収められた龍皇。
その戦況を魔王に告げていた。
当然、龍皇が手に入れた新たな力も。
「養療中に少し修行させてもらいました」
「私も方法を教えて頂けました」
「ご報告が遅れた事を謝罪します」
頭を下げる龍皇を魔王は静止した。
リヴァイアサンも彼を止める。
自分達にはそれ以前に謝る事があると。
魔王の命令を完全に無視した出撃。
それを今度は揃って謝る。
それをまた魔王単体で静止する。
どこか滑稽にも見える風景だ。
本来はこの明るさが彼等なのだろう。
「認めたくは無いが、私より強い」
さすが武人然としたリヴァイアサン。
龍皇の強さを分析の上で評価している。
だが、弱点も見通していたようだ。
龍皇は一騎打ちに向いている。
多数との戦いでは自らに利があると。
決して慢心では無い。
それは俺達がよく理解している。
一度戦った際に、その質量に苦戦した。
ラナには通用していなかったが、あのまま戦いが続けば被害も甚大だっただろう。
新たな戦力を得た魔王。
しかしその表情はあまり明るく無い。
何か葛藤を抱えているようだ。
「これで争いが早く終われば」
「…………」
「きっと終わらせるぞ、リヴァイアサン」
リヴァイアサンと龍皇が決起している。
その光景をあまり面白そうに見てはいない。
むしろ物悲しい表情をしている。
龍妃もまた、魔王と同じ面持ちだ。
そこに1体のモンスターが飛び込んできた。
恐らくオーク。人と見分けがつかないが、魔力の雰囲気からその程度までなら絞り込める。
「魔王様!」
「どうした?」
その顔は真っ白に血の気が引いている。
内容を聞き、その理由がわかった。
とあるモンスターが危篤状態らしい。
恐らく回復の見込みはないと言う。
事切れるのも時間の問題だ。
そんなモンスターが、魔王を呼んでいる。
不敬なのは承知の上。
しかしもう長くない命。
最期くらい魔王と会わせてあげたい。
それが、現れたオークの言葉だ。
本来ならば受理される事は無いだろう。
しかし、魔王は俯いた上で頷いた。
表情は見えないが、唇を噛み締めている。
それだけで彼の思いは察しがついた。
「すぐに行こう」
奇跡はここに潰えた。
遂に、戦乱の被害が魔王側にも現れる。
幹部達の言葉も泡沫に弾ける。
その場を後にする魔王に、彼等も同行した。
* * * * * * * * * *
傷病者の手当て用に解放された大広間。
今やそこには簡素なベッドが並んでいる。
その中の一つ。
薄い布で仕切られた場所に魔王達は入る。
治療魔術の残片と大量の包帯。
当時では珍しい薬品の瓶も置いてある。
しかしベッドの中の女性は、虫の息だった。
「ま……おうさ、ま?」
「……ああ」
その顔には少しだけ見覚えがある。
モンスター達を広間に召喚した時にいた。
魔王の秘密を噂で聞いていた女性だ。
魔力からして、恐らくは鬼族か。
「夢みたいだ、魔王様が私を」
「あまり喋らないほうがいい」
「でも、魔王様にお願いが」
その言葉は掠れながらも生に満ちる。
命の灯火が最期の猛りを見せるように。
傷だらけの手に、魔王の手が重なる。
すると彼女の顔は仄かに赤らんだ。
熱心な信奉というより恋に近い。
遠い存在の魔王に焦がれていたようだ。
死に際にして魔王と最も近づく。
彼女が言わんとする事は予想がついた。
それはあまりにも残酷だ。
「魔王様に、私の力を」
彼女は魔王の能力を知っていた。
魔王に力を渡そうとしていた。
しかしその願いは、能力の欠点である"命を奪う事"を理由に潰えてしまう。
だが、今ならそれも関係ない。
欠点を克服したもの同じだった。
「どうせ、長く無い。だから」
「そんな事は」
「頼みます、魔王様」
「…………」
魔王は無言で涙を流した。
そこに怒りの感情は読み取れない。
この戦争の理由が自らの不足であると。
人間もまた、自分に牙を剥いているのだと。
「魔王様……」
「龍皇、お前は失敗するなよ」
同じ指導者である龍皇に魔王は忠告する。
そして彼は、隠された能力を発動した。
「初めて魔王が仲間を殺した日だ」
リーヴァはその光景を遠い目で見つめる。
女性の肉体は霞のように消えゆく。
笑顔のまま、その姿は見えなくなった。
魔王の虐殺とは恐らくこの事だ。
それをリーヴァも無言で肯定した。
「仲間殺しには変わらない。彼と同種の人間も、彼に吸収されていくモンスター達も」
再びリーヴァの答え合わせが始まった。
人は魔族達に比べ脆い。
だが魔術に長けた種族だった。
技術力は魔族や兄をも凌駕する。
やがて人間は高度な文明を築いた。
その過程でリーヴァの語る思想に辿り着く。
モンスターは人間が管理すべきだと。
魔王も人間側に着くと人々は考えた。
そんな人間の予想は外れ、魔王は同じく自らの民であるモンスター達を守護するに至った。
人間にも主張はある。
生物として人間は非常に弱い。
繁栄した文明もモンスターに脅かされる。
しかし、魔王はそれを静観した。
同種を贔屓はできない。魔王の意向だった。
決して否定はできない問題だ。
魔王の側にも落ち度はある。
だが、人間も全て正しいとは言えない。
「アンタだったらどっちに味方する?」
投げかけられた質問に困惑する。
俺はモンスターと暮らす時間が長い。
だが俺は間違いなく人間。
ラナの理想を窘めるように、俺がモンスターと人間のわだかまりを判断するのは控えていた。
今回も俺は回答を控えた。
どちらとも言えない、と曖昧に。
「まあ今はいいか」
そう言うと、空間がまた歪む。
最後の跳躍だと彼女は語る。
目的地は末期から終戦。
つまり、魔王が討伐されるまでだ。





