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11 ラルゴ

こちらは久しぶりの更新です。ショパンコンクールに向けて書いていたのが止まってしまっていました。モチベも上がったので、また更新していきます。

ピアノを弾くことは、雅にとって幸せとイコールの筈だった。

いつからだろう、苦しさも伴うようになったのは。

自分の思いの発露だというのに、多くの人にそれを伝える機会は父の治樹に悉く止められてしまっている。

美保子の教室に来る子達は、子供のうちこそ仲が良かったのに、成長するにつれてライバル同士と見られてしまう。

長年通っている横村俊久も多分に漏れず、小学校の高学年になる頃には余所余所しくなり、避けられているようにも感じる。


同志だと思っていた。


自分はコンクールにも出ないからライバルになんてなり様がないのに。


そこにもってきて、帝音大付属高校に入った時に、先入観などまるで持たない理実が声をかけてくれて、駆け引きなど無関係に音楽を語り合える、大切な友人ができた。

彼女は雅のピアノが好きだと言ってくれる。

聴衆に受け止めて貰える嬉しさは、子供の頃に体験した「発表会」を思い出させた。

同時に学校の試験という形で自分の演奏に点数を付けられる事自体に言いしれない不快感を覚える。


理実が言っていたように、この学校に入るにも入学試験があって、他の受験者と競わなければならなかった。

いっそのこと治樹が付きっきりで指導できればよかったのだが、演奏者としても忙しい治樹にはとてもその時間が捻出できない。

幸い、帝音大のOBである治樹は学長とも顔見知りで、何なら雅の指導を請け負ってもいいと言ってくれていた。

それでも先に俊久が手を伸ばしていた相手だったので、治樹はいざとなったら頼みますと曖昧に返事をしたものだった。



「ねえ、雅結果出たんでしょ?あたしは実技8だったよ。きびしーっ!」


夏休み前にテストの結果が出た。

雅は10+だった。

何故か納得いかない顔をする雅。


「絶対採点がおかしい。ミスしたのに」


それを聞いた理実は溜め息を吐いた。


「あのねえ、先生達の求める基準はとっくにクリアしてるって事でしょ。それにノーミスなんて誰もいなかったよ。人間だからさ」


確かにノーミスの人はいなかった、けども。

その点数はパーフェクトの人につけるべきだと思う。


「それにさ、ぶっちゃけて言うと、学校の先生達より雅の方がよっぽど上手いんだよ。実技の授業で先生達の演奏効くんだけどあたしいつもそう思ってる」

「…自分より上手い生徒にマイナス付きの評点出せないって事?」

「そ、多分ね。そういう人は他にも居ると思う。3年の横村先輩とか。あの人コンクール荒らしって呼ばれてるでしょ。世界の名だたる音楽家達が評価してる生徒においそれとマイナス付き評価出せないじゃん」


だから音楽に点数を付ける事が嫌なのだと思ってしまう。

とし君はそれで満足してるのかな?

多分してない。

中学以降、いつも難しそうな顔をしてるとし君しか知らない。

何を考えてピアノを弾いてるんだろう。

とし君はピアノを弾いてて楽しいのかな…


少なくとも、あまり好かれてないという自覚はある。

中学に入る頃には、俊久は様々なコンクールに入賞するようになった。

出る事すらもない雅には興味のない事だった。

別に殊更にその成果をひけらかすでもなく、語ることもない。

美保子は俊久の成績について特に雅に話すことはなかったが、生徒の方からその話が間接的に雅の耳に入る。

小学生の頃は横村家に遊びに行ったりお泊りをしたりもしていたが、中学生になったらそれもしなくなった。


俊久の弟の嵩久はこれといって音楽に興味がある訳でもない、至って普通の男の子だった。

横村家の音楽教育は俊久に全振りされている。

とはいっても、横村の両親だってさせようと思ってしているわけではない。

大人しく人見知りが激しく自己主張をしない長男が唯一拘り執着している対象がピアノだったのだ。

それも頑なに美保子の教室をやめようとしない。

余程先生との相性が良かったのだと解釈していた。

その証拠に、俊久は美保子の門下生として数々のコンクールで受賞している。

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