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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第5章
23/41

深淵を覗くとき 4

*



 病院の駐車場に停めてある車の台数が朝の時から比べると、半分ほどに減っていた。私は美貴が入院している部屋の窓の下に立ち見上げると、まるでタイミングを合わせたように人影がうっすらと浮かび上がる。


「美貴!」


 黒髪の美少女が悲しげな顔をしてこちらを見下ろした。まるで生気がない顔色と、力のない目元、無気力が全身から読み取れてしまうような印象だ。


 私は両手を差し出した。

 すると、ガラスが割れるような音が頭の上に降ってきた。

 咄嗟に両腕で頭を守ったけれど、なにも起きなかった。

 数秒間目を瞑っている間に美貴が窓から身を投げるイメージが脳裏に浮かんだ。


 私は祈りを強くする。


「もうやめて。自分を責めないで」


「いや」


 美貴の声が頭の中に響く。


「戻ったんだね」


 私が優しい声で聞くと「だあれ?」と、まるで小さな子供のような反応だ。


「親友が助っ人に来たよ」


 私は言葉に魂を込めた。

 すると、じわりと熱い涙のようなものが心の中に滲んでいく感覚に襲われた。


「私が殺した」


 低くて冷たい声が震えている。凍てつくような冷気が肌を刺すように忍び寄る。


「誰を?」


 吐く息が白い。


 私は心の中に炎を思い浮かべた。凍えそうな感覚は、その火によって打ち消されていく。


「……皆、いなくなった」


「お母さん?」


「……そうだよ」


 先ほど廃墟で視た幼い子供の姿の美貴が、突然幽鬼のように目の前に現れ、私をじっと見上げてくる。大きな瞳の中にある黒い満月に私の顔がくっきりと映し出された。


「見ぃつけた」


 私は小さな美貴を思わず抱きしめた。確かな感触に全神経をかけて感じ取る。


 でも美貴はすぐ様、ぱっと離れて後退さりした。


「触らなないで!まどかまで、私の闇に巻き込んじゃうわ」


 凄くしっかりした声に変わり、小さな少女は見るみる大人っぽく変化した。


「やぁ。美貴。私を覚えててくれたんだね。すごく嬉しいよ。これでやっと話が出来るね」


 私は、笑った。


「美貴のお母さんに会ったから、ここに来たんだよ」


 私の言葉に美貴は驚いた。


「お……お母さんは………なんて……?」


 彼女の声は震えていた。


「真実はまだ闇の中だ。でも、私がちゃんと見つけ出すから安心して」


 美貴が辛そうに顔をゆがめ、瞳から涙を零して唇を噛み締めた。


「お母さんは私のこと怒ってるんでしょう?

私がこんな目に遭っているのは、罰を与えたのは、お母さんなんでしょう?」


「そんなわけあるかよ! 逆だよ! お母さんが助けてくれって言ってきたんだから!」


 咄嗟に否定するも、美貴の心の中にある感情が黒い霧となって急速に視界を暗くしていく。疑心悪鬼があらゆる真実を黒く覆い隠して、生々しい傷だけが目の前に突き出すように、美貴の皮膚がみるみるうちに水膨れだらけに変わった。火傷の傷のような酷い状態になると、硫黄と有機物が焦げた匂いが立ち込め始めた。


 硫黄は悪魔の存在を示しているし、火あぶりのような精神状態は罪の意識を表すという。

 美貴はどうやら、実のお母さんに対して桁違いの罪悪感を抱えている可能性が高い。その罪悪感が悪魔を引き寄せる要素のひとつだ。


「そんなに信じられないっていうなら、真実を私が探してあげる!」


 思い違いで幻の罪を作り上げている人々を知っている私は、美貴の心の中をある程度想像した。


「なぜ、そこまでするの?!」


 美貴が叫んだ。


「どうして? 頼んでも無いのに! 私にそんな価値なんかないわ!

闇がすぐそこに居るの! これ以上私なんかに関わったら、あなたまで……」


「遠慮なんかすんな! 親友だろ?

いつかおまえに救われた恩を返したいだけさ」


 美貴の目が大きく見開かれ、目じりから黒い涙が伝い落ちていく。

 白目のところまでもが真っ黒に染まっていた。


 ―――悪魔に変わり始めている。


 じわりと汗をかき、ズー――ンとへその辺りに不快な重低音が響く。


「……なに言ってるの? 

私はもうこれ以上誰にも不幸になって欲しくないんだよ!

闇に捕まったら、人生なんてもう死んだも同じ!


まどかまで巻き込みたくなんかないの!! 帰って!!」


 叫びながら霊体の美貴が二重にも三重にもブレ始めた。壊れる寸前のテレビの砂嵐しの映像が乱れたような不快なノイズが走っている。声も顔も涙も、耳障りの悪い雑音に飲み込まれていく……。


「おまえを一人になんかさせない!!」


 存在そのものが実態のない映像のようなものだとしても、私は美貴の優しさに感動して抱きしめたい衝動に駆られた。手を伸ばし、触れられない彼女を抱え込むように腕を回し込んだ。ひっくり返るほど驚いた美貴が崩れ落ちるのを受け止めると、ちゃんと手の中に彼女を感じることができて、嬉しくなる。


 真っすぐな黒髪の間から顔を出す耳たぶに唇を寄せて囁いた。


「罪なんて、全部幻だよ。私が美貴の罪を全部消してやるから……。諦めないで」


「もうやめて!黙って!!」


 美貴は苦しそうに暴れていたけど、私は抱きかかえ続けた。


 ―――絶対に離すもんか!!


「戻って来いよ」


「……もう、戻れないんだよ……」


 抱きしめていると全身に美貴の冷たい心の闇を浴びてしまう。だけど今、ここで手を離せば彼女は完全に闇に落ちてしまうだろう。悪魔に取り込まれ、何百年も虚ろに彷徨う存在に変わり果ててしまうことだけは、許すわけにはいかない。

 私はビョンデットが教えてくれた通りの光の戦士だというなら、友達一人助けられないわけがないと思っていた。


 証明しなくてはいけない。


 闇になど負けはしないというところを、自分にも、ビョンデットにも、そして美貴とそのお母さんにも!!



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