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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第4章
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心霊探求 6


「おまえは何だ?」


 私が凄むと、そいつはゆっくりとこちらに近付いてきた。


「この結界の中でそれほどの輝きを放つのは、只者ではないな?」


 女は鮮明な声でしゃべった。

 そして、真っ黒に染まっていただけの顔に突然、人間の顔が現れた。


 先日のビョンデットのような美し過ぎる顔だ。


「初めまして。私はアグネータ」 女は右手を差し出す。まるで握手を求めているような仕草だ。

私は両手を胸のあたりで隠し、拒絶した。


「あら……賢い選択。あなたバカではないのね。今日は居ないみたいだけど、早くもアイツに見捨てられたのかしら」


「………」


 私は言葉を飲み込んだ。


 もしも悪魔だというなら、口を効けば何が起こるかわかったものではない。それにビョンデットとの約束を破り、一人で乗り込んで来たのだから当然用心しなければならない。


 女は不敵な笑みを浮かべて私をジロジロと眺めている。全部見透かされている気がしてならない。


 赤々しい瞳がまるでルビーのように燦々と輝き、私の意識を吸い上げようとしている気がする。やはりどんな時でもこういう類の相手の目を見るべきではない。女は一定の距離を保ったまま私を見下している。


 ―――アグネータは私に手が出せないのだろうか?


 私は後退りしながら、周囲に美貴の気配を探った。


「無駄なことを」


 女は笑っている。


「おまえを護っているソレの正体を知ってるの?」


 突然女が無表情になったので、私は本能的に身を低く構えた。

 何か仕掛けてきたら、一目散で逃げたい。

 入口が幻覚に隠されているが、位置はだいたい見当がつく。


「ソレは私達と何ら変わらない者だ。それでもおまえはソレを認め受け入れられるの?」


 私は話半分に聞き流すつもりだけど、この女の面を付けた悪魔が何を言いたいのかとても気になった。でも、それを今質問したところでそれは本来の目的ではない。


 私はあくまで美貴の魂を迎えに来た。


 それだけだ。


「美貴!」


 私は囁くように美貴を呼んだ。


「無駄よ」


 女は忌々しそうな表情になった。


「美貴」


 私は尚、友の名を呼び続けた。


「美貴は魂を私に売ったんだから」


 女は意地悪そうな魔女のように言った。

 でも、私は親友の名を呼び続ける。


「美貴」


「しつこいんだよ!」


 女が突然獣のような雄叫びを上げた。


 私は突風を感じてよろめいたが、何とか踏ん張った。


「美貴!お前が自分を許せなくたって、私は全部許してやる!だから、戻れぇぇぇ」


 そう叫びながら、私は何者かに背中を鷲掴みにされる感覚に襲われた。

 猛烈な力で引っ張られる。


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 何かが、私の唇に触れていた。




 「やっと目を開けた!」


 そう言って、陵平が私に覆いかぶさった。そのまま抱き上げられたが、私は咳き込んだ。


 苦しい。

 苦しい。

 苦しい。


「ゆっくり、深呼吸しろ!」


 耳元で陵平の必死な声が聞こえる。


 乱れた呼吸と心音を感じた。自分の体に戻ったのだと気付いた。


「突然、白目剥いたと思ったら気絶したから驚いたのなんのって」


 陵平の説明は解りやすかった。

 私は二分間程だけ気絶していたらしい。たった二分であの経験は計算が合わない気がするけれど、物質世界と霊的な世界とでは時間という質量は等しいとは言い切れない。これぐらいの誤差はありうるのかもしれない。しかも、陵平は途中から呼吸していないことに気付いて、私に蘇生術を施してくれたそうだ。


 あの唇の感覚はどうやら陵平の唇が重なったものによる刺激だったということだ。


 ―――まさかの今日だけで二度もキスすることになろうとは。


 私は思わず手の甲で唇を拭った。


「今度はお前が話をする番」


 まるで急かされるように陵平に指摘されて、私は疲労困憊な体をやっと起こしながら話した。


「美貴のお母さんの霊が私をあそこへ連れて行ったらしくて、気付いたら廃墟の中だったんだ」


 私は額に手を当てながら思い出そうとした。でも、まるで夢のようについ今しがたの経験だというのに、時間が経つにつれて現実味が消えていくようなおかしな感覚になる。あの女の顔でさえも今はもう思い出せない。目を視ずに顔全体を見るという技は結構難しかった。顔認識ができるほどしっかりと見ていたわけじゃないんだから、どうしようもないのか……。


「黒い影がうろついてた。最初、何が起きているのかわからなくて……。

 でも、突然美貴のお母さんが物凄いエネルギーを燃やしながら来て、私にすぐ美貴を連れ出してくれって頼んだと持ったら消えちゃった。あんなに燃えたら、もうこっちに残れないかも……」


「燃える?」


「花火みたいなものだよ。自分のエネルギーを燃やしてでも私の前に現れたんだ」


 パキン、と金属音のようなラップ音がして、私も陵平も飛び上がった。


「移動しよう。ここは危険かもしれない」


 歩きながら続きを話した。迫り来る気配を感じて、速足で坂道を下っていく。


「美貴はなぜここに縛られているんだ? それに、美貴のお母さんも……自分を許せないって」


「何かやらかしたんじゃない?」


「何かって?」


「自分で自分を許せなくなるような何かだよ。間違った判断で誰かを死なせたとか、自分のせいで大事な人が危険な目に遭ったとか、そういうやつ」


 似たもの親子なら、同じ理由で自分を責めている可能性は考えられる。


「美貴は自分がお母さんを死なせたって言ってたことがある」


 そして、今回の事件では両親共生死の境を彷徨っている。

 その責任を一人で感じて背負っているつもりなんだろう。

 十五歳にしてそんな責任全部ひとりで背負ったつもりで、あんな暗いところにいるなんて―――。


「だったら、死んだお母さんに直接聞けば良いんだよ」


 陵平は首を傾げた。


「死んだ人間とどう向き合うってんだよ」


「そんなの、決まってるじゃん」


 私は自分で言いながら、急に荷が重くなったような気がした。

 でも、それしか思いつかない。


「私みたいな人間の出番だってこと」


 気乗りしないが、本来それが正しい使い道なのだ。

 

「殻に閉じ籠った人を外に向かわせるなんて、そもそも出来るの?」


 陵平の指摘に私は一人頭を抱えながら項垂れた。


 美貴はここに縛られている連中に取り込まれている。

 彼女の意志にまだ出会えていないのがその証拠だと思う。

 もう、とっくに手遅れになっているのかもしれない。


 それでも、何もせずにこの場を立ち去る気にはなれなかった。


 せめてものという気持ちで美貴を想う。

 自分を責めるのをやめて、生きる道を選べますように、と……祈った。


「……そんなに簡単なことじゃないよ。

他人の私が出来ることなんて、たかが知れてるだろうよ。

でも、私は諦めたくない。


美貴は美貴のままで居て欲しい。生きてもう一度話がしたいんだ」


 ―――危ない。泣きそうだ。


 涙を見せないように、陵平から見えない方を向いてぐいと涙を拭った。


「さっきから、どうしようもなく、すごい気分が悪い……」


 陵平はふらつきながらも私に気を配り続けて歩いた。互いに支え合いながら丘を下り、タクシーを降りた場所までやってくると、自動販売機で水を買って無言のまま五百ミリペットボトルを飲み干した。


 そして異変は始まった。

 ここまで無言だった陵平がバス停の古いベンチに腰を下ろした途端、堰を切ったように話出した。


「自分のことダメな奴だと決めつけてる奴は、こっちが励ましたって全然耳に入っていかないんだ。

頭の中じゃ、自分を責めたてる言葉でギュウギュウ詰め。目からは光が消えてる。

どこまでも無限に続く闇の中にいるような絶望しか見えていない。


俺はそんな連中から弾き出されたんだ。

じいちゃんがどんなに探しても、親父もおふくろも今だに行方不明さ。借金がどれだけあったって、それで家族を失うことになったっとしたって俺は生きているんだ。俺は俺の人生を生きる権利がある。あんな暗い連中なんかには絶対に負けないからな!」


 私は言葉が見つからず、陵平の気持ちを感じていた。


 家族とはぐれた。

 そんな哀しい怒りが全身から伝わってくる。




 陵平がなぜ私に好意を持ったのか、何となく理解できた気がした。



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