56話 報酬希望
「今回の報酬は、攻めてきた獣人達が所有している、人化の宝玉で良いんだな」
『そうだ。結果として手に入らなければ、仕方が無い。精霊契約と、同じ条件だ』
俺達は、グンターの救援依頼を受けた。
俺達というのは、俺とリオの2頭だ。
グンターの会話を聞いていたリオが、「人化の宝玉が欲しい」と希望したのだ。
グンターの言葉が日本語なら、転生者らしきリオにも理解ができる。
グンターの言葉が日本語ではなくて理解できなくとも、言語翻訳の祝福を持つ俺の言葉はリオに伝わるので、俺の言葉だけでも想像できた。
リオの希望を受け入れて、俺達はヒッポグリフの荷袋で、運ばれている。
「辺境伯には、その条件でレオン達が救援に応じたと伝えて、譲渡に応じて貰う」
『そうしてくれ。俺は勝手に拾うつもりだが、辺境伯側が手に入れても貰う』
「人間には使い道が無いし、相手の持ち物だから、大丈夫だろう」
『確かに人間にとっては、人化の宝玉など、無用の長物だろうな』
人化の宝玉を使うまでもなく、グンター達は人間だ。
宝玉が欲しいのは、軍事作戦に使う獣人以外には、人外への転生者だろう。
身体能力を上げて、ドラゴンなどに転生するが、人間の姿にも化けたい。
そのような転生者が存在して、上手く天使に質問した結果、実現した。
そして、実現する手段の一つが現代まで残ったのだと、俺は予想している。
俺の予想は、大祝福あたりで得た『錬金術』などだ。
それが合っているのかは、もちろん分からないが。
――リオは、人間になりたいわけだな。
リオの知識が普通のライオンではないことは、これまでの会話で確定的だ。
明らかにライオンではない環境で、しっかりとした教育を受けている。
リオが元人間の転生者だった場合、ライオンへの転生が本意ではなかったのなら、一時的にでも人間の姿に成れる人化の宝玉は、欲しいと思うかもしれない。
だからリオは自分の宝玉を獲得すべく、協力の意思を示して、付いてきた。
『大隊長2人が使った人化の宝玉は、2個とも必要だ。俺と共に加勢するリオも、三倍以上の魔力で契約した中級精霊がいる。通常の契約よりも、頼りになる』
「分かっている。よろしく頼むぞ」
「ガオオッ」
反対側に吊り下げられた袋の中から、リオの鳴き声が上がった。
俺がリオの参戦を認めたのは、実際にリオが戦力になるからだ。
人化の宝玉は、獣人の手元にある。
そして大隊を率いる大隊長を倒さなければ手に入らず、ヒッポグリフを操るグンターはヨハナを優先して動くので、俺だけでは入手できないかもしれない。
そのため作戦が成功して、宝玉が手に入る可能性が高くなることを、優先した。
――リオに人化の宝玉を持たせると、リオが俺から独立する可能性もあるが。
宝玉で変化できる時間や、次の使用までのクールタイムは、如何ほどか。
無制限に使用できるなら、リオは人間に変化して、群れから去るかもしれない。
リオに「アカシアの木の下よりも、屋根がある家のベッドで眠るほうが、ぐっすり眠れる」と言われれば、俺には否定の余地が無い。
リオが去ることは、俺にとっては好ましいことではない。
だが俺は、2つのことを考えて納得した。
1つ目は、リオに大きすぎる不満を持たせないためだ。
リオが人化の宝玉を手に入れる機会を妨害すれば、一生恨まれる。マイナスの感情を持たれ続けることを避けた。
2つ目は、人化の宝玉を得るメリットが、デメリットを上回るからだ。
人の姿に化けられれば、色々なことが出来る。
「レオンは人化の宝玉を手に入れて、どうするつもりだ」
『例えばグンターの依頼を受けて、荷物を運び、報酬に金貨をもらう。そして金貨で、羊を買う。羊の肉は、きっと美味いだろう』
「はははっ、なるほどな」
俺のライオンらしい発想に、グンターは大笑いした。
人間に化けて、町で人を襲って食べたら困るとでも、思ったのかもしれない。
そして俺が羊を買いたいと言ったのを聞いて、安堵したわけだ。
さらに俺を金銭で使えると聞いて、人化の宝玉を渡すメリットも理解した。
これでグンターは、率先して俺に人化の宝玉を渡すはずだ。
――人間は食わないぞ。殺すことは、有り得るが。
ライオン狩りをする人間が居れば、人間に化けて情報を集め、大元を殺す。
それは充分に有り得るし、自衛が悪いとは、これっぽっちも思わない。
大元の排除が出来なくても、人間が来ない安全な土地を聞き出すことは出来る。人化の宝玉は、俺にとっても利用価値が高い。
そのようなことは一切口にせず、俺は食糧事情について語る。
『今は雨季で、草食動物の動きが変わった。群れが、狩りに苦労している』
「精霊と契約したレオンであれば、苦労しないと思うが」
それは吊り下げられた袋の中で、首を横に振った。
もちろんグンターには見えていないが、俺は切実に訴えた。
『精霊魔法で派手に狩り過ぎると、動物がナワバリから逃げて、俺が独立すると群れが苦労する。人間から買った羊なら、そんな問題は起こらない』
なお14世紀における羊の値段は、1シリング5ペンスだと見たことがある。
1シリングは12ペンスなので、羊1頭の価格は17ペンスだ。
1ペンスは約3000円なので、羊1頭は5万1000円で買える。
一方で金貨は、中世にイギリスで発行された、重量7.7グラムのノーブル金貨1枚が、6シリング8ペンス、あるいは80ペンスの価値であった。
金貨1枚(80ペンス=24万円)あれば、羊を4頭から5頭買える。
もっとも一般的な金貨は、3.5グラムが多い。
重量が半分ほどのハーフノーブル金貨も出回ったことから、金貨1枚は12万円ほどで、羊2頭だと考えたほうが無難かもしれない。
――ちなみに、金貨1枚と銀貨10枚が等価。
40ペンスのハーフノーブル金貨と、4ペンス銀貨10枚が等価である。
金貨1枚が12万円、銀貨1枚が1万2000円。
金貨と銀貨が1対10なら、計算は少し楽になる。
「色々と考えているんだな」
ヒッポグリフの背で、グンターが感心の声を上げた。
『ほかにも欲しいものは有るぞ。人間の職人に、雨風を凌げる小屋を作らせて、ナワバリに置く。すると雨風を凌げる』
「それは確かに、雨風を凌げそうだな」
『俺達ライオンは、ほかの動物から襲われる。俺もスイギュウやハイエナに襲われたことがある。小屋があれば、それらを防げる』
「それは重要だな」
あとは金銭で人間を雇い、ハイエナ狩りをしてもらうことだろうか。
上級精霊のブレンダで人間の軍に協力して、傭兵として金貨1万枚を稼ぎ、それを上限として、ハイエナ1頭の死体につき金貨1枚の報酬を出すとする。
金貨との引き替えは、辺境伯家や男爵家に委託する。
すると金が欲しい人間達が、大量のハイエナを狩ってくれるわけだ。
中世には、動物保護団体は存在しない。
競合するハイエナを減らしておけば、子孫の生存率が高まる気がする。
もっともハイエナを倒すと、増えたライオンが人間の脅威になる恐れもある。
すると近代でライオン狩りが始まり、結果的にマイナスかもしれない。
余計なことはせず、素直に羊を買って食べたほうが良いかもしれない。
その辺りは、悩ましいところだ。
「現地では話す余裕が無いかもしれないから、先に打ち合せをしておく」
『ああ。頼む』
「領都には、辺境伯軍、国軍、諸侯軍、義勇兵で2300から2800人の兵士が居る。敵は、獣人2個大隊800名で、人間の兵士6400人に相当する」
『二倍以上の差があるのか』
「獣人側の兵数は、定数より減っていたはずだ。600といったところか」
街道を封鎖していた獣人達は、王国との戦いで数を減らしている。
グンターは獣人の戦力を訂正したが、それでも2倍ほどの差がありそうだった。
「領都と第二城壁内で、乱戦になった。ヨハナ達は内城で、防戦中だ」
『内城に籠もっているのなら、しばらくは持ち堪えられそうか』
「領都には人間が多いので、援軍が無ければ膠着する。だが攻め込んだ獣人達は、後方の軍団にも連絡しているはずだ。獣人の増援は、人間よりも早く来る」
人間と獣人は、辺境伯の領都を最前線として争っている。
だが人間側は、辺境伯領の後方にある港町ビンゲンを塞がれていた。
最前線に駆け付ける場合、距離が遠い人間側が遅くなってしまう。
「あちらは、レオンが倒した大隊長の部隊が最前線の近くに残っている。軍団長が単騎で駆け付けても、即座に動ける。1人なら、ヒッポグリフで移動できる」
『それで軍団長が大隊を率いて来る前に、大隊長2人を倒して追い散らすわけか』
「そうだ。統率しているボスを倒せば、バラバラになって逃げていく」
『了解した』
状況を理解した俺は、戦闘前に気力を回復すべく、荷袋で猫のように丸まった。


























