50話 魔力と血統
『まずはリオに食べさせるから、ミーナはスウ達を見ていてくれ』
『えー、ポン居るのに』
『いや、ポンは寝ているから』
俺達の視線の先には、木陰でスヤスヤと、穏やかに眠る姉の姿があった。
夜行性のライオンにとって、昼はお休みの時間である。
寝ているポンだけで、弟妹8頭を見られるのだろうか。
生後1ヵ月と1週間ほどの弟妹は、勝手に四方八方へ探索に出て、色々な動物に襲われたり、迷子になったりしないだろうか。
俺には、様々なトラブルが発生して、弟妹の頭数が減る未来が見えた。
『えー、えー、えー』
先にリオだけに肉を与えると聞いたミーナは、不満大爆発であった。
結構な空腹になっているらしい。
だが俺も、ここで引くわけにはいかない。
一度でも順番を変えたら、ゴネれば優先されると思われてしまう。
ミーナはリオを嘗めて、言うことを聞かなくなっていくだろう。
そうやって序列を変えていくのは、群れの崩壊に繋がるので、危険な行為だ。
『リオが先。だけどミーナの番になったら、なんとスイギュウの肉を食べ放題だ』
『そうなの?』
『ああ。食べ切れないくらい出すから、ポンと一緒に好きなだけ食べて良いぞ』
『いってらっしゃい!』
ミーナは目を丸くして驚いた後、目力で俺に「早く行けと」圧を掛けてきた。
さらにスウ達を俺から引き離して、自分のところに引っ張り込む。
『みんな、こっちにあつまって』
「ニャーッ」
「ミャアッ」
モフモフ達は抵抗虚しく、俺の身体から引き剥がされていった。
『それじゃあ行くか』
『そうだね』
リオは、呆れながら応じた。
猫吸いと唱えて妹を吸い、スウと名付ける兄。
結果は何も変わらないのに、雰囲気と勢いに騙された妹。
前世には「この親にしてこの子あり」ということわざがあったが、「この兄にしてこの妹あり」とでも思ったのかもしれない。
そんな呆れるリオを連れて、俺は茂みの中を歩いていった。
そして少し離れた場所で、地面に土魔法を使う。
『グラーベン』(掘る・Graben)
茂みに隠れた地面に、スイギュウの身体が充分に隠れる大穴が空いた。
俺はその穴に向かって、空間収納の中に入れていたスイギュウを取り出す。
ドサッと音がして、グンターが切り込みを入れたスイギュウが出現した。
空間収納に入れてあったので新鮮で、抗菌魔法も掛けてある。
『ブレンダが守ってくれているから、安心して、好きなだけ食べてくれ』
『ありがと。レオンは?』
『もちろん食べる。俺は、成長期だ』
穴に降りた俺とリオは、揃ってスイギュウを食べ始めた。
海鮮丼の味がするスイギュウは、以前穴に落として捕まえた6頭のうち1頭で、細切れにはしてもらっていない、形が残る個体だ。
グンター達と行動する時は、小さな肉のほうが手軽で、周りも驚かない。
だが俺達が欲しいのは、スーパーの肉だけではない。
ライオンは、草食動物の消化器官も食べる必要がある。
『魔法って、便利だね』
『まあな。リオも火の精霊と契約したから、獲物を狩るのは楽になっただろう』
『そうだね』
時速100キロメートルで、空から襲ってくるオスライオンは、悪夢だ。
アフリカゾウは倒せないし、水中のナイルワニにも効かないが、シマウマやスイギュウの子供は倒せる。
乾季や雨季には獲物の行動範囲が変わって、シマウマやヌーの群れが、ナワバリに来なくなる。
それは雨が降ると、草が生えるからだ。
遠出しなくても草を食めるのに、なぜ移動する必要があるのかというわけだ。
一方でライオンにはナワバリがあり、それを越えて獲物を追えない。
ナワバリを持つライオンは、ナワバリの中で獲物を狩る。
タンザニアのマニャラ湖国立公園のように、ライオンが狩る獲物の大半がスイギュウになる地域も生まれるわけだ。
だがスイギュウは強いので、ライオン側が殺されることもある。
殺されずとも深手を負えば、自然界では餓死が待っている。
中級精霊と契約したリオは、安全にスイギュウなどを狩る手段を得た。
そのため獲物を狩れずに餓えて死ぬことは、おそらく無くなった。
『契約に連れて行ってくれて、ありがとうね』
『どういたしまして』
ライオンの生活は、なかなか大変である。
ハイエナやリカオン、ナイルワニや恐竜、原始時代の人類だって大変だろう。
恐竜時代は、最強の肉体と魔力を併せ持つ転生者達が、相争った激動の時代に違いない。同じ時代に生きていなくて、本当に良かったと思う。
あまりに酷すぎて、隕石を落としてリセットしたのは神かと疑うほどだ。
そんな妄想に耽っていると、リオの声が、俺を現実に引き戻した。
『精霊と契約した時に手伝ってもらった借りって、返せた?』
『返せたぞ。ヨハナを2回、手伝ってきた』
『何をしてきたの?』
『海戦と港への攻撃だ。人間と獣人が争っていて、人間側に加勢した』
前回は、『辺境伯領への荷運び』と『大隊長の撃破』で、2回分だった。
今回は、『敵船団との海戦』と『港町ビンゲンへの攻撃』で、2回分のはずだ。
『人間と獣人って、どっちが勝っているの』
『獣人らしい。東から攻めてきて、いくつかの人間の国を支配しているそうだ』
俺は歴史から、獣人のことをモンゴル帝国に当て嵌めて考えている。
もちろん様々な差異があるので、同じ存在ではないだろう。
様々な差異とは、人類と獣人という種族差、精霊魔法やヒッポグリフの有無、アメリカの国土面積に匹敵する大きさの内海などだ。
条件が違いすぎるので、かなりの部分が違うのだろう。
そもそも俺は、両勢力の国家規模すら知らないが。
『そういえば、人間は精霊と契約していて、獣人は精霊と契約していないそうだ』
『どうして?』
『獣人は、魔力が少ないらしい。肉体特化だそうだ』
『へえ』
獣人が肉体特化ということは、ライオンもそうなのかもしれない。
俺は転生者で、おそらくリオも転生者なので、普通とは異なる可能性がある。
『ヨハナの伯母2人の子供が2人ずつ、中級精霊と契約していた。人間の上級貴族は、中級精霊と契約できる』
『それなら子孫が増えると、中級精霊と契約が出来る人間だらけになるのかな』
『貴族は下級精霊、一般人は未契約らしい。血が混ざると、魔力が落ちるようだ』
『どうしてそうなるの?』
『過去に高魔力者が生まれて、上級貴族になった。その血が一般人と混ざって薄れると、魔力が落ちる。だから上級貴族で血統を保っているのかもしれない』
魔力100の転生者と、魔力0の現地人が結婚して、子供が生まれたとする。
子供の魔力が両親の平均だとすれば、魔力は50だ。
魔力50の子供が大人になって、現地人と結婚して、孫世代が生まれたとする。
孫の魔力が両親の平均だとすれば、魔力は25だ。
魔力の減少に危機感を抱いた人々が、魔力25の従兄妹同士で結婚させると、その子孫は魔力25を保てる。
中級精霊との契約を保てた血族が、上級貴族なのだろう。
すると上級貴族が中級精霊と契約出来て、貴族が下級精霊と契約出来て、一般人が契約出来ないことに理解が及ぶ。
一般人の血が混ざる分だけ、精霊契約者は減っていくことになる。
――下手をすると、おかしなことの大半が、転生者だな。
すると俺の子孫達も、精霊魔法を使えるようになるかもしれない。
俺は、ライオン達が魔法を乱れ撃つ世界を妄想しながら、肉を貪った。


























