47話 海上精霊戦
王国と獣人帝国の船団間で、両陣営の精霊達が、接敵した。
両陣営の精霊達が突き進む中、王国側の船団から、新たに1体が飛び立った。
『下級精霊はツバメ、中級精霊はハヤブサ』
そのように理解する上級貴族達の間で、上級精霊の姿も伝わっている。
王国の歴史上には存在しないが、言い伝えや壁画には、姿が描かれている。
『上級精霊はイヌワシ』
「お母様、イヌワシですわっ!」
クラーラが指差す方向に、火羽を散らすイヌワシの姿があった。
「どういうことですの?」
続いてブルーナも狼狽の声を上げたが、その疑問に答える者は居なかった。
ただし幻覚ではない証拠に、両陣営の精霊達に、明らかな変化があった。
先行していた王国側の精霊5羽が、飛行速度を落としたのだ。
獣人帝国の精霊も旋回を始めて、船団のほうへと逃げ始めた。
味方の4羽を追い越したイヌワシは、旋回する敵のハヤブサに迫る。
そして急降下したイヌワシの鋭い鉤爪が、ハヤブサの身体を力強く掴んだ。
「ピィピィピィピィーッ」
掴まれて激しく暴れた相手陣営の精霊が、炎に包まれた。
上級精霊であるブレンダの火魔法によって、顕現していた身体を焼かれたのだ。
焦げたハヤブサの一体が、煙を上げながら海上に落ちていった。
「敵精霊1体、撃墜!」
上擦った声での報告が、前方を監視している乗組員から上がった。
イヌワシは翼をはためかせて、さらに次のハヤブサへと向かって行く。
この時点で最前線の精霊は王国と帝国が並んでいる。
しかも上級精霊の力は、中級精霊の8倍。
ブレンダの報酬は3倍で、やる気も3倍。
敵のハヤブサ24体分とはいかずとも、8倍よりも上は間違いない。
「敵船団、回頭の模様。反転して、撤退に入るようです」
「逃がしてはなりません。皆、精霊で船を押し続けなさい」
「「「「はい、お祖母様」」」」
敵船団の行動を見たマルデブルク王国が、急速前進を始めた。
圧倒的に有利な状況であり、結果は敵船団の殲滅か逃亡しかない。
敵船団を殲滅すれば、辺境伯領の後方で暴れる獣人2個大隊への補給を潰せる。だが逃がしてしまえば、辺境伯領の苦しい状況に変化は起こらない。
辺境伯家が所有する船の乗組員達は、帆を操り、最大効率で船を押し進めた。
他方、相手船団の3隻は、鐘を鳴らして大慌てになりながら船を回頭している。
相手船団には、戦場に投入した6羽以外にも、さらに精霊が居たらしい。
だが船の速度は、2体ずつで押す王国側ほどではない。
――9羽居て、6羽を戦場に出して、3羽を操船に回していたのかな。
中級精霊との契約者9人は、今回の王国側が乗せていた数に近い。
ヨハナ、祖母、伯母2人、伯母の子供4人、祖母の甥、甥の子供。
俺はグンターから、普段の王国が中級精霊との契約者を乗せないと聞いた。
船が敵精霊の特攻を受ければ、撃沈して死ぬ。
だから貴重な契約者を軍艦に乗せないのは、無理もない。
対する獣人帝国側は、支配した国の元上級貴族など、使い捨てに出来る。
その差が、これまで敵船団を撃沈できなかった理由だ。
「敵精霊、2体目を撃墜しました!」
2羽目のハヤブサを掴んだブレンダが、業火で相手を焼き殺した。
その後ろからは、ヨハナ達が出したハヤブサ4羽も迫っている。
4羽となった敵側のハヤブサは、敵船団の上空で直掩機となり、必死の防衛戦を始めた。
その中で、敵船3隻のうち2隻が速度を落とし、1隻だけが速度を上げた。
「敵、1隻に魔法を集中した模様。2隻を囮として、1隻を逃がすようです」
「その船に、敵の魔法使いが全員乗っています。逃がしてはなりません」
辺境伯夫人が、声を上げた。
辺境伯夫人が口に出して説明したのは、クラーラに指示するためではなく、俺に逃がすなと伝えるためだろう。
もちろん俺は、逃がすつもりはない。
俺はヨハナには、ちゃんと手を貸す所存である。
「お祖母様、あたくし達の精霊も、参戦させますの?」
「いいえ、おそらく何とかなるでしょう」
クラーラに問われた辺境伯夫人は、首を横に振った。
そして辺境伯夫人達の下には、すぐに吉報が届く。
「敵精霊、3体目の撃墜!」
戦場に出ている敵味方の精霊は、4対3になった。
しかも4羽のうち1羽は、8倍の力を持つ上級精霊である。
どれほど過少評価しても、11対3の戦力差だ。
3倍以上の戦力差があって、数の多いほうが戦意も高い。そして正面からぶつかっている。勝敗は、すでに決している。
――ブレンダ、逃げようとしている敵の旗艦を撃沈してくれ。
『ええ、良いわよ』
俺が念じると、俺と魔力が繋がっているブレンダから、返事がきた。
声帯を震わせての会話をしていないが、前世ではインターネット回線で通話を行えていたので、それに類する原理があるのかもしれない。
ブレンダは、身体から炎を放ちながら、敵の旗艦に急降下していった。
「上級精霊、敵旗艦に攻撃を開始しましたっ!」
船上に達したイヌワシは、口から巨大な炎の塊を吐き出した。
その炎は帆を直撃して、風圧でマストをへし折りながら、帆を燃やしていく。
折れたマストが船上の獣人と人間を薙ぎ払い、吹き飛ばされた何人かが海上へと落ちていく。
それでもイヌワシは炎を吐き続けて、木造船の船体と帆を炎上させていく。
「敵旗艦、激しく炎上しています」
帆を失った帆船の足は、完全に止まっていた。
燃え上がる船上では、獣人と人間が慌てて海上に飛び込み始めた。
「助ける必要はありません。助けても、人質が居て、裏切るのですから」
辺境伯夫人の発言には、実感が籠められていた。
過去の戦争で、助けた人間の裏切りが発生したのかもしれない。
辺境伯領に受け入れて、内部から攻撃されれば、堪ったものではないだろう。
――相手の人間は、助けなくて良いそうだ。
『ふーん。レオンはどうしたいの』
――最前線に軍事物資を届けるなら、相手国に殺されるのは当然だ。
『それもそうね』
ブレンダの業火が、海上に浮かぶ人と獣人を襲った。
「敵精霊、残り3体のうち1体が消滅!」
「精霊契約者が焼け死んで、契約が切れたようですね」
海上を炎が吹き荒れていく。
「さらに1体消滅……新たに敵2羽、上がってきました!」
船が炎上して押せなくなったので、代わりに加勢に入ったのだろう。
味方の4羽にブレンダを加えた精霊達が、3羽に数を戻した敵のハヤブサと空中戦を繰り広げる。
「敵船団に近付きます」
「クラーラ、ノアベルト、カール、ブルーナ、船の加速を停止なさい。中級精霊達は、こちらの船団の守りとして、待機させておきなさい」
「分かりましたわ。風の精霊さん、加速停止ですわよ!」
辺境伯夫人の指示が飛び、クラーラ達が加速を停止させた。
その間もブレンダが海上を焼き続け、さらに2羽のハヤブサを消した。
ヨハナと伯母2人の火精霊が、残る2隻の帆船の帆を焼いていく。
そして祖母の風精霊が、帆を切り裂いた。
ヨハナの戦果は、敵輸送船を攻撃して、帆を焼いたことになるだろうか。
よほどの阿呆でない限り、それは貢献だと評価するだろう。
――ブレンダ。ヨハナの精霊が、敵精霊を倒す功績を挙げさせてくれないか。
『良いわよ。ルチナ、1体弱らせるから、あなたが倒しなさい』
ヨハナが契約している精霊は、ルチナというらしい。
ルチナに指示したブレンダは、上空に残った最後の1羽を追い始めた。
「敵船団、帆を喪失。完全に足が止まりました」
「よろしい。精霊で片を付けます。こちらの船団を停止させなさい」
「了解しました。全船、前進停止。銅鑼を鳴らせ!」
俺達が乗る船から、ガーン、ガーンと銅鑼が鳴った。
すると乗組員達が帆を操作して、船の前進を止めた。
敵船側のハヤブサは、残り1羽だ。
それを追ったブレンダが空中で蹴り飛ばし、ルチナのほうに弾いた。
それをルチナが追って、飛び付き、炎を浴びせ掛けた。
すると最後の敵精霊が、海上に墜落していった。
「敵精霊、全て落ちました!」
「トドメを刺したのは、ヨハナさんの精霊ですわ」
報告に続いて、船上に乗組員達の歓声が上がった。
マルデブルク王国側の完全勝利である。
――助かった。
『どういたしまして』
辺境伯家の目論見通り、ヨハナのお披露目は、大成功となった。


























