46話 高速船捕捉作戦
マルデブルク王国は、巨大な内海に突き出た半島国家である。
その内海は、前世のカスピ海のように、外海とは繋がっていないらしい。
外海と繋がっていないのであれば、厳密には湖と呼ぶべきかもしれない。
だがグンターの地図や、馬車の移動速度から大雑把に見積もるに、内海の大きさはアメリカの国土面積に匹敵するように思われる。
――アメリカの国土面積は、日本の26倍ほどだったかな。
ちなみにカスピ海は、日本の国土面積とほとんど同じだった。
カスピ海が海と呼ばれるのであれば、マルデブルク王国が面する巨大な湖も、内海と呼んで構わないのではないだろうか。
少なくとも現地民は、全員が海と呼んでいる。
内海に面したハイルブロン公爵領の港から、キャラベル船2隻が出港した。
「モフモフしていますわ!」
「……ガオッ」
現在の俺は、船の1隻、エアランゲン辺境伯家のキャラベル船に乗っている。
そして船には、エアランゲン辺境伯に縁のある貴族と子女も乗り込んでいた。
貴族達は、大人と子供に分かれて集まっている。
子供達が集まっているのが、珍しいライオンがいる俺の周りだ。
「鳴きましたわ。あたくしが、背中を撫でたからですわ」
「わたくしが、頭を撫でたからだと思います」
俺の背中をモフっている金髪の娘は、ノイケルン侯爵家令嬢クラーラ。
額のほうをモフっている黒髪の娘は、ロストック伯爵家令嬢ブルーナ。
どちらもヨハナの従姉妹で、母親の姉の娘にあたる。
年齢はヨハナと同じくらいで、モフモフが大好きなお年頃である。
俺はペタンと伏せて、幼女達が撫で易いようにしてやった。
「お腹も触って良いんですの?」
「あっ、目を瞑りました!」
「ガオガオ」
ほかにも伯母2人、伯母の息子2人、祖母の辺境伯夫人、祖母の甥にしてハイルブロン公爵の次男でもある準男爵が、グンターと共に乗っている。
伯母の子供達4人は、エアランゲン辺境伯家の継承候補者なのだろう。
準男爵は、公爵家が出した立会人と思われる。
――最前線で孤立状態の辺境伯領を継いでも、あまり旨みは無さそうだけどな。
だから横槍なども入らず、直系の子孫と親戚が、確認するだけなのだろう。
そんな辺境伯家に縁のある面々の関心が、俺に集中していた。
大人達は離れて見守っているが、子供達は遠慮知らずだ。
「この子は、噛んだりしませんの?」
「賢いので、大丈夫です」
クラーラに尋ねられたヨハナは、安全を保証した。
だが尻尾を握られたり、顔を叩いたりされたら困る。
釘を刺してほしいが、士爵の娘が侯爵家の令嬢には、注意できないだろう。
そして俺も、話せない振りの最中である。
「どこで拾いましたの?」
「辺境伯領と、カストル侯爵領の間の街道です。生後1ヵ月くらいで、1頭だけで歩いていました」
「親のライオンと、はぐれたのかしら」
「親は近くに居ませんでした」
「あたくしも、欲しいですわ」
侯爵家の令嬢が、無理難題を言い始めた。
俺は逃げるようにヨハナの下へ行き、ヨハナの足に顔を擦り付ける。
「ああっ、ヨハナさん、ずるいですわ」
クラーラが不満を訴えたが、俺は侯爵家のお嬢様に飼われる意思は無い。
誰のライオンなのかを明確に示されたクラーラは、しぶしぶと俺を断念した。
だが、俺を断念しただけで、ライオンのペット化を諦めたわけではないらしい。ヨハナに対して、代わりのライオンの有無を尋ねた。
「この子、兄弟は居ませんの?」
「クラーラさん、ダメですわよ。野生のライオンは、人に慣れていませんわ」
ヨハナの代わりに、伯爵家の令嬢であるブルーナが止めてくれた。
するとクラーラは、俺の姿を見ながら訴える。
「でも小さい頃から飼えば、慣れるのですわよね」
「それは慣れるようですけれど」
ヨハナの足元で、飼い猫のようにゴロゴロと転がる俺の姿を見たブルーナは、渋々とライオンが人間に慣れる事実を肯定した。
「それでしたら、小さいライオンを飼えば良いのではないかしら」
「クラーラさん、どうするつもりですの?」
「お父様にお願いして、小さいライオンを連れて来てもらいますの」
俺の弟妹が誘拐される可能性が、微粒子レベルで存在するかもしれない。
ぜひ止めてほしいものである。
もっとも弟妹に関しては、リオが精霊で守っているので、大丈夫だろう。
むしろ俺の将来のライバルとなる、他所の群れのオスライオンの子供が連れて行かれて、俺のハーレム度が高まるかもしれない。
――まあ良いか。
世の中、自分の都合が最優先である。
そんな事を考えながら毛並みをモフられる間に、状況の変化があった。
「随伴船のヒッポグリフ兵より、敵船発見の手旗信号です!」
乗組員が叫ぶと、俺をモフっていたお嬢様達が手を離して、立ち上がった。
そして母親達の下に集まっていく。
「ノアベルト、クラーラ。風魔法で、帆を押しなさい」
「カール、ブルーナ。水魔法で、船体を押しなさい」
『『召喚・中級風精霊』』
『『召喚・中級水精霊』』
上級貴族の子弟4人が、2種類の魔法を行使した。
すると船上に強い風が吹き荒れ、水飛沫が撒き散らされて、緑と青の光が迸る。
強い魔素が暴れて収まった後、4枚の羽を持つ精霊が4体姿を現した。
「風の精霊さん、船の帆を押して下さいな。ノアベルトと被らないように」
「水精霊、海から水で、船を押して下さい。カール兄様と被らないように」
男の子達のほうも、指示を出す。
それを受けた4体の精霊は、二手に分かれた。
4枚羽の風精霊は、帆の後ろに浮かぶ。すると強風が吹いて、帆を押した。
4枚羽の水精霊は、船の後ろに浮かぶ。すると水流が発生し、船底を押した。
契約分の力で押された船体は、グングンと速度を増して、高速で海上を走る。船の針路は、上空を先行する導き手のヒッポグリフだ。
――2隻分の中級精霊が居るから、2隻の船で来たのか。
船上の俺が受ける風は、どんどん強くなっていった。
辺境伯家が所有する船の甲板に爪を立てた俺は、ガッシリと掴まった。
そんな俺の身体に、しゃがみ込んだヨハナが掴まる。
するとグンターがやってきて、ヨハナの前に立って風を受けた。
「前方に船影、敵船団発見!」
前方を監視していた乗組員から、敵発見の声が上がった。
すっと立ち上がった俺の目にも、水平線の先に、帆が張られた船が3隻見えた。
見分けは困難だが、一方の当事者が味方ではないというのなら、そうなのだろう。
敵が視界に収まったところで、ヨハナの祖母が、娘達を連れて歩み寄ってきた。
「さあヨハナ、貴女が契約した中級の火精霊を、皆に見せて頂戴」
「はい、お祖母様」
祖母と伯母達が見守る中、ヨハナも精霊魔法を行使する。
『召喚・中級火精霊』
ヨハナの呼び掛けが、船上に三色目の魔素を生み出した。
赤い魔素が回転し、炎の渦を巻く。
そして渦が収まった場に、4枚の羽根を持つ精霊が姿を現していた。
「エアランゲン辺境伯家が代々持つ、火の中級精霊ですわ」
「エアランゲンは、火の中級精霊。ヨハナさんが、第一候補ですわね」
他家に嫁いだヨハナの伯母達が評して、ヨハナの契約を確認した。
そして立会人らしき準男爵に視線を送り、頷きを確認した。
どうやら上級貴族家は、契約する中級精霊の属性が、家ごとに決まるらしい。
全貴族が火精霊と契約すると、水や風の力を使いたい時に困るからだろうか。
絶対的な縛りではないようだが、風や水の中級精霊と契約する従姉妹達と比べて、ヨハナは優位になったようだ。
「さあ、攻撃するわよ」
辺境伯夫人の呼び掛けに、二人の娘が応じた。
ヨハナの伯母達は、それぞれ火精霊を召喚する。
辺境伯夫人は風の中級精霊を呼び出し、ヨハナと合せて5体の中級精霊が揃う。
「風精霊、あの敵船を攻撃しなさい」
第一声は、辺境伯夫人だった。
次々と攻撃命令が発せられて、5羽のハヤブサが船から飛び立っていく。
すると相手の船団からも、3羽のハヤブサが飛び立った。
それに遅れて、さらに3羽のハヤブサ達が上昇していく。
「敵精霊、合計6羽、船を押していた精霊も、投入する模様!」
前方を監視している乗組員から、報告が上がった。
相手は操船用の精霊も、戦場に投入するらしい。
戦場に投入される中級精霊は、味方が5羽、敵が6羽となる。
「5対6ですか。それではカッセル士爵、予定通りに」
「了解しました」
辺境伯夫人に応えたグンターは、俺のほうは見なかった。
だが俺は勝手に察して、内心でブレンダに呼び掛ける。
――ブレンダ、加勢してくれ。
『良いわよ』
ブレンダが応えた瞬間、突如として船上が、火の魔素に飲み込まれた。
空間に渦巻く炎の海に、美しく透き通ったルビーの瞳が2つ浮かび出す。
炎海から一対の翼が伸び上がり、バサリと羽ばたいた。
「な、何ですのっ!?」
狼狽えるクラーラの目前で、赤く輝くイヌワシが、優雅に船上を舞っていた。
イヌワシが羽ばたく度に、無数の火羽が舞い散る。
それは顕現したイヌワシが、この世界にもたらせる影響力を示すものだ。
イヌワシは、さらに羽ばたく。
すると羽ばたきの度に、身体が空へと舞い上がっていった。


























