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ライオン転生  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第2巻 炎翼虎と金狼

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40話 ネコ科動物と温泉

 トリエステ大山脈まで飛んだ俺達は、山の七合目付近へ、降り立った。

 降りた場所は拓けており、地面からは、白い煙が上がっていた。


 ――キリマンジャロの七合目だと、標高4000メートル以上か。


 前世の地球には、高木が育つ限界標高として、森林限界というものがあった。

 キリマンジャロの森林限界は3000メートル付近で、それより高い場所に、高木は生えない。

 また植生の限界は4400メートル付近で、それより高い場所に草は生えない。

 周囲は、岩石と砂だらけで、まばらな草と、限られた低木しか見当たらない。


「ここが目的地だ」

『見事に何も無いな』

「草を食べる動物も、その動物を食べる肉食獣も居ない。おかげで安全だ」

『なるほど、それは否定の余地が無い』


 草が無ければ草食動物が棲まず、それを餌とする肉食動物も棲まない。

 俺達は大人1人、子供1人、大型犬サイズのライオン2頭の少人数だが、誰も来ない場所であれば、枕を高くして眠れるだろう。


「荷物を出してくれ。今夜は、ここで野営になる」


 低木にヒッポグリフを繋いだグンターは、荷物を出すように求めた。

 俺は荷物を出しながら空を見渡して、雲が俺達よりも下にある事を確認した。

 山頂に雪が積もっており、上に行く雲もあるだろうが、雨は少なそうだ。

 野営すべく、テントを張り始めたグンターの傍で、辺りを見渡したヨハナが疑問を口にした。


「お父さん、あの白い煙は何」

「あれは、大地から吹き出す火の力だ」

「へえ、そうなんだ」


 トリエステ大山脈は活火山らしく、煙が噴き上がっている。

 地下水が地熱で温められて、水蒸気となって地上に吹き上がっているわけだ。

 その間欠泉が、山に積もった雪ないし雪解け水と混ざったのか、天然の温泉を生み出していた。

 俺はトコトコと歩いて行き、天然温泉の上に前脚を出してみた。


『レオン、危ないよ』


 リオから注意された俺は、前脚を引っ込めた。

 言われてみれば、そのとおりである。

 日本の温泉には管理者が居るが、トリエステ大山脈には、管理者がいない。

 日本の感覚で手を入れると、火傷しかねない。


『グンター、これは熱いのか』

「ちゃんと人間が入れる温度になる。火の精霊達が、温度を調整するからな」

『どうして火の精霊が、温度を調整するんだ』

「契約候補者に火属性の魔素を染み込ませて、契約を補助するのだと伝えられる。火の精霊は、基本的には契約したいからな」


 間欠泉と雪解け水が混ざったと思わしき、トリエステ大山脈の天然温泉。

 そこには火属性の魔素が大量に含まれ、火の精霊達との契約を補助するらしい。

 そして温度調整は、わざわざ火精霊が行ってくれる。


『精霊は、昇級していくために、契約が必要だったな。このように精霊と契約し易くなる土地は、ほかにも幾つか有るのか?』

「もちろん有る」


 このように契約し易い場所は、各地にあるらしい。

 わざわざ作ってくれるとは、至れり尽くせりである。

 精霊側は、よほど契約したいらしい。


『リオ、この温泉は、火の精霊が温度の管理をするそうだ。だから大丈夫だろう』


 俺は温泉の上に前脚を出して、湯気から温度を測ってみた。

 湯気に触れた限りでは、あまり熱い感じはしない。

 俺は一瞬だけ湯に触れて、次いでペシペシと触れ、やがて前脚を突っ込んだ。


「ガォォ」


 少し熱めに感じられたが、温泉としてなかなか良い温度である。


「レオン、大丈夫?」

『大丈夫だ。ヨハナ、この湯は温かいな』

「良かった。それじゃあ、一緒に入ろうね」

『ガオォ?』

「レオンも、契約するんだよね?」


 ヨハナに首を傾げられた俺は、自分が生後半年のライオンだと思い出した。

 前世では、生後半年の乳児が1人で風呂に入るなど、有り得ないことだった。

 そもそもヨハナは、飼い猫を風呂に入れる感覚なのかもしれない。

 乳児の入浴と、ペットの入浴。そのどちらであろうとも、一緒に入るだろう。


『ちなみに猫は、風呂が嫌いなのだが』

「ちゃんと入らないと、ダメだよ」


 抵抗を試みた後、俺は今世で初めて、風呂に入れられることになってしまった。


       ◇◇◇◇◇◇


 日が沈んだ温泉の水面を仄かに照らすのは、天上に輝く月明かりと星々の光。

 前世では、写真ですら見たことがないほど、星々が明るく輝いている。

 それらの光によって、重厚感溢れる岩湯と、立ち上がる白い湯気が、薄く照らし出されていた。

 温泉に身を浸すと、力が流れ込む感覚があり、同時に身体を温めてくれた。

 周囲は静かで、ほかの動物の鳴き声は聞こえず、滾々と湧き出る水の音が響く。

 前世であれば、極上の環境だっただろう。

 生憎と今世の俺達は、人間ではなく、ネコ科のライオンだが。


『出たい、出たい、出たい』

『リオ、お前もか』


 猫やサバンナのライオンには、水浴びの習慣が無い。

 猫は犬に比べて、毛の脂分が少なくて、水分を弾き難く、毛が濡れ易い。

 水に濡れると乾き難く、身体の熱を奪い、下手をすると命に関わる。

 頭で入浴が必要だと分かっても、「これは嫌だ」と、本能的な忌避感を抱く。

 つまり現状は、物凄く嫌である。


「レオン、リオ、長く浸かっていたほうが、魔素が身体に染み込むんだって」

「ガオガオガオッ」

「ガォオッ、ガオォツ」


 大山脈の天然温泉には、駄々っ子2頭と、それを宥める10歳児のお姉ちゃんの姿があった。


 ――やはり妹だ。妹なら、出してくれるっ。


 火属性の魔素がどうだとかは、まったく頭に入ってこない。

 とにかく温泉から出て、沢山の布で身体を拭いてもらい、水気を取り払いたい。

 そして前世の地球人達に伝える機会があるのなら、猫の風呂嫌いは好き嫌いの問題ではなくて、生存本能に基づく正常な自己防衛なのだと訴えたい。

 銀髪の10歳女児との婚約とかはどうでも良いから、とにかく出してほしい。

 ヨハナが14歳の銀髪美少女とかでも、やはりダメだ。

 前世の俺なら生唾をゴクリと呑んだかもしれないが、今世の俺はライオンだ。

 今の俺は、とにかく温泉から出たいのである。


『リオ、よく我慢できるな』

『無理、理性で、耐えてる』


 リオの口から理性という単語が出てきた時点で、ほぼ前世持ちが確定である。

 そんな事を俺に悟らせるほど、リオにも余裕はなかった。


『ヨハナ、どうして俺は、温泉に入っているんだ』

「だから火属性を上げて、良い火精霊と契約するためだよ。レオンも強い精霊のほうが、良いよね」

「ガオガォ」


 ヨハナの主張に対しては、反論の余地が無い。

 俺は少しでも耐えるべく、リオに話し掛けて、気を逸らすことにした。


『リオ、精霊と契約しても、群れでは使うなよ』

『どうして』

『群れで使うと便利に思われて、群れから出られなくなるかもしれない』

『レオンは、そこまで一緒に来て欲しいんだね』

『そういうことだ』

『どうしようかなぁ』


 リオの駆け引きは、今に始まったことではない。

 今回は温泉から意識を逸らせるので、わざとやっている部分もあるのだろう。

 俺も意図を察して、リオの駆け引きに乗った。


『リオが群れに残った場合、いずれ別のオスライオンが来て、父達を追い出して群れを乗っ取るだろう』

『それで?』

『エムイーやギーアより乱暴なのが来て、あいつらより好き放題にするぞ。話なんて聞かないし、狩った獲物は奪うし、スイギュウも分けてくれない』

『……うぐっ』


 その光景を想像したのか、リオは嫌そうな表情を浮かべた。


『リオが火の精霊と契約して、オスを追い払えても、オス無しだと群れに子供が生まれない。リオが長生きしたら、最後に一人かもしれない』

『うぐぐ』


 俺達はガオガオと言い合いながら、魔素が染み込むまで、温泉で粘った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 虎は猫科でも水浴び好きなんですよね 虎のライバル転生者が出てきたら水属性魔法完備かこれは?
[良い点] 注文の多い料理店を彷彿とさせますね [一言] 魔素たっぷりのお湯に浸したら、水気をきって丹念に魔素を揉み込みます。 ひと晩寝かせたら仔ライオン一夜漬けのできあがり♪
[良い点] 内容は番になる駆け引きだが、端から見たらほっこり映像(そしてリオの転生者説高まりましたな) [一言] >「レオン、リオ、長く浸かっていたほうが、魔素が身体に染み込むんだって」 風呂嫌いな生…
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