02話 レオンとリオ
ヨチヨチと歩いてきたモフモフが、俺の身体にのし掛かってきた。
「ミャッ、ミャッ」
俺は起き上がって、身体に乗ろうとした兄ないし弟を押し退ける。すると猫のように鳴いたモフモフが、コテンと転がっていった。
兄弟との戦いに勝利した俺は、メスライオンに4つある乳首の1つに吸い付き、ゴクゴクとミルクを飲んだ。
――異世界だけど、完全に前世のライオンだった件について。
その件について俺は、管理者が同じだからだと考えている。
前世で人間は、様々な様式をコピー&ペーストして、使い回していた。
スケールは大きくなるが、世界の細かい作成が手間だった神が、同様のことをした場合、世界が似通っても不思議はない。
――まずは、大きくならねば。
俺達兄弟は4頭で、ほかに別のメスライオンの子供も4頭いる。
群れのメスライオンには血縁関係があり、同時に出産して、共同で子育てを行う場合がある。
一緒に育てるのは、大人が2頭なら、狩りと子守を両立できるからだ。その場合、メスライオンは哺乳も共同で行う。
別のメスライオンは、顔の骨格がスリムで、俺の母ライオンと姉妹には見えない。
おそらく従姉妹で、その子供は俺達と毛色まで異なるので、父ライオンも違うのだろう。
つまり別のメスライオンの子供達4頭は、俺にとっては又従兄妹にあたる。
メスライオン2頭、子ライオン8頭。
ライオンの社会には、人間社会にあった粉ミルクは存在しない。
メスライオン達が獲物を狩れなければ、母乳が出なくなり、弱い個体から死ぬ。
俺は口に含んだミルクを、胃ではない場所に確保した。
『空間収納』
俺が口に含んでいた母乳が、フッと消え失せた。
転生時に取得した、祝福の力だ。
味が落ちず、温度も下がらず、収納空間は冷蔵庫よりも優れた保存機能がある。
流石は異世界転生させる神だけあって、地球人の技術力など足元にも及ばない。
おかげでメスライオンが狩りに出ている時も、飢えや渇きとは無縁で居られた。
――どれくらい入るのか、容量も確かめたいけど。
現在地は、サバンナらしき平原にある茂みだ。
手頃なものといえば、周囲の茂みになるが、現在の俺は生後1ヵ月である。
身を隠せる茂みを収納するのは、いくら何でも冒険心が過ぎる。
せめてオスライオンが群れから独立する2歳半頃まで、冒険は待ってほしい。
「ミャゥ、ミャゥッ」
俺の隣に、又従兄妹が乗り込んできて、メスライオンの乳首に吸い付いた。
そして前脚で、ベシベシと俺を叩いてくる。
彼女は、同時期に生まれた子供達の中で、一番賢い個体だ。
授乳時は、俺と張り合うように、乳首を確保してくる。
――以前は、張り合ったけど。
幸いなことにライオンには、乳首が4つ有る。
お互い退かせられないと分かると、残る6頭の兄弟姉妹を共同で退かすようになった。
野生のライオンである母達は、適者生存や弱肉強食が本能に染み付いているのか、公平の考えは持っていない。おかげで俺達は、残る6頭に比べて大きくなっている。
俺もベシベシと、又従兄妹を叩き返して挨拶した。
『元気か?』
「ミャゥッ」(元気)
これも転生時に取得した祝福の1つ、『言語翻訳』だ。
但し、残る6兄弟姉妹には、ここまで明瞭には通じない。
俺は賢い子ライオンを個体識別すべく、『リオ』と名付けた。名前の由来は、ドイツ語でライオンを意味するリオニーからだ。
俺自身は、勝手に『レオン』と自称した。そちらも、ライオンの意味を持つ。
『リオ、さっきあっちでも、ミルク飲んでいなかったか』
「ミャッ?」
リオは、自分の母親からもミルクを貰っていたはずだ。
それを指摘したところ、リオは、しらばっくれた。
これは言語翻訳が機能しなかったのではなくて、確実にリオが惚けている。
なぜならリオの顔には、笑みが浮かんでいたからだ。
『太るぞ』
「ミャッ!」
ベシッと叩かれたので、確実に意味は通じている。
――リオも転生者かな。
天使に『なるべく安全で』と求めたり、祝福で『幸運』を得たりすれば、ほかの強い転生者と、一緒の場所に生まれるかもしれない。
リオが読者だった場合、多くの作品にポイントを付けていた、天使のような性格だろう。
だが前世の話をして、「前世では還暦を過ぎて孫も居ました」と言われたら敬語が必須になるので、聞けないでいる。
もしかすると女子中学生か、女子高生だったかもしれない。夢は壊したくない。
そんな風に妄想していると、母ライオンがヒョイッと立ち上がった。
そして緊迫感を滲ませながら、前方に現れた黒い巨体を見つめた。
『アフリカスイギュウか』
ここがアフリカなのかは定かではないが、前方にオスのスイギュウが見えた。
スイギュウは、ウシ科に分類される生き物だ。
オスライオンよりも遥かに大きく、鋭利なツノを持ち、オスライオンに殺されることもあるが、逆にツノで突き殺すこともある。
オスのスイギュウの強さは、オスライオンに匹敵する。
オスライオンは、メスライオンの2倍以上の力を持つといわれる。
オスライオンが群れの乗っ取りを行った時、メス2頭では子殺しを防げないが、3頭以上で妨害すれば防げることもあるからだ。
転生時、ライオンの幅がC-からC+で、C+が強いオスライオンだったので、Cがオスライオンや強いメスライオン、C-がメスライオンと考えている。
すると等級1つでは、強さの幅が2倍くらいだ。
俺が見えたのは、オスのスイギュウが1頭だけだ。
年齢を重ねたオスのスイギュウは、群れから単独で離れることがある。
母達は2頭なので、互角か、やや不利だろう。
子ライオンを育てているので、戦いを挑むのは無謀である。
スイギュウと戦って傷付き、狩りが出来なくなれば、母子は共倒れになる。
母ライオンは、無言で俺の首筋を咥えると、そのまま持ち上げた。
――避難するのか。妥当な判断だな。
母ライオンが運びやすいように、俺はダランと手足をぶら下げた。
すると俺を咥えた母ライオンが、小走りで駆け始めた。
慌ててリオも付いてきて、その首筋をもう一頭のメスライオンが咥える。
するとリオも子猫のように手足を下げて、運ばれるままとなった。
「ウモォーッ」
スイギュウは、広い茂みのほうで、叫びながら走り回っている。
兄弟姉妹の背は低くて、スイギュウからは見えていない。
だがスイギュウは、執拗に茂みを走り回っている。
――確かスイギュウは、子ライオンを踏み殺そうとするのだったか。
将来の敵を潰す行為は、自然界ではさほど珍しい話ではない。
ライオンとハイエナも、お互いの子供を積極的に殺し合う。ライオンはスイギュウを狩るので、スイギュウが子ライオンを殺そうとするのも、自衛だろう。
しばらく運ばれた俺とリオは、木々が生い茂る場所で離された。
木々の間隔は、アフリカスイギュウの巨体では入り込めないほど狭い。
『良いところだ。リオ、ここから動くなよ』
『分かってりゅ』
怯えるリオは、語尾がおかしくなっていた。
俺はリオの顔を舐めた。
「ミャゥッ?」
『まあ落ち着け』
ライオンが仲間を舐めるのは、コミュニケーションの手段である。
そんな優しい俺に対して、なぜかバシバシと抗議の前脚が繰り出された。
だがリオは落ち着いたので、メスライオン達は安心して、次の兄弟姉妹を運ぶべく去っていった。
『ちょっと穴を掘るか。ハイエナとかが来た時に、潜り込めるように』
リオに言い聞かせるように呟いた俺は、土魔法で、穴を掘るイメージを思い浮かべた。
掘った土は、空間収納に送り込み、力の消費を節約しようともイメージする。
『トンネルバウ』(Tunnelbau)
ドイツ語でトンネル工事と唱えると、前脚を付けていた地面の先に、ボコッと穴が生じた。
穴の幅は、俺達より大きいジャッカルが入って来られないほどの狭さだ。
奥行きは充分にあるので、前脚は届かないだろう。
ちなみに英語にしなかったのは、ドイツ語のほうが、格好良いと思ったからだ。
そんな格好良い魔法を発動した対価は、貧血のようにクラッとしたことだった。祝福とは違って、魔力を消費しているのかもしれない。
『なにそれ』
『穴だ。最初から、空いていたぞ』
又従兄妹の放った猫パンチが、俺にベシッとツッコミを入れた。


























