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毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
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第99話 ノンノ

「駄目よ、姫。濡れた儘じゃない。その子も。代わりの衣を持って来るから、そこで待って居て」

 ピリカとヌプリは母屋の手前のひさしに留め置かれた。


 この当時の庶民は竪穴住居で暮らして居たが、猿は、和気の部隊の弓隊長として、倭風の、庇付き掘立柱建物の館を与えられて居た。


「姫はこれに着替えて。その子はもう少し乾くまでここで待つしか無いわね」


 弥生の爽やかな日差しの中、ヌプリはこの言葉を解したかの様に、何度も身を震わし、そう時を待たずに、身体を乾かした。


 ヌプリの臭いは幾分和らぎ、猿に許され、ヌプリは暫く部屋の中で暮らす事となった。


 夜、ピリカはヌプリと共に寝所に入り、眠りに付いた。


 ピリカは夢を観た。


「のう、ヌプリ、御前ぇ、母ちゃんを追わんくって良いんか」


 ヌプリは、悲し気な鳴き声を小さく漏らし、母と巌がもう一頭の子狼を連れて森の中へと消えて行くのを、唯、唯、眼で追うだけで有った。


「どうして御前だけ」


 ピリカはヌプリを強く抱き締めた。


 その刹那、ピリカは後頭部を鉄槌で殴られた様な、強い衝撃を味わった。


「うぉおおおお」


 ピリカはヌプリを胸に抱えた儘、その場にうずくまった。


「痛てぇ。何なんじゃ、こりゃあ」


 ピリカは、ヌプリから手を放すと、両の手で後頭部を抱えて、仰向けと成り、背を弓の様に反らせた後、苦悶の表情を浮かべてその儘の姿で動かなくなった。


 ヌプリはピリカに近付き、心配そうにピリカの頬を舐めた。


 すると、ピリカの頭痛は幾分和らいだが、次は、眼の奥に拍動性の痛みが生じた。

 ピリカは両眼を覆った。

 痛みは次第に強く成り、拍動に応じて痛みの波が大きく成ると、それに合わせて、閉じた視野を閃光が包んだ。


「うぁああ」


 光の眩しさに一瞬失った視界が回復すると、眼の前に広がる光景は、大野の山とは異なって居た。


「おーい。ヌプリー」

 眼の前に居た筈のヌプリが見当たらなかった。


「ここは何処じゃ」

 ピリカは周りを見渡した。


「それにしても、さっきのは何だったんじゃ」

 何事も無かったかの様に痛みは失せて居た。


「ここは、吾の」

 ピリカは再度周囲を確認した。

「ウタリモシリじゃねぇか」


 ピリカが、何度も、何度も、故郷の景色を確認して居ると、遠くに小さな人影を見つけた。


「おーい」

 ピリカは人影に向かって声を掛けた。


 人影の足元は、右へ左へと、覚束無おぼつかなく、酔って居るかの様で有った。


 人影はピリカの方へと近付き、その顔が確認出来る程の距離に至ると、ピリカは、

「親父」

 と叫んだ。


 人影は、ピリカの父、ルイで有った。


 ルイは何も返さなかった。


「親父。おーい。親父。生きて居たのか」

 ピリカは、一瞬、驚いたが、直ぐに、喜びが沸き上がった。


 ルイはピリカに気が付いて居ない様子で、蹌踉よろめき乍らピリカへと向かって来る。


「おい、親父。酔って居るのか」


 ルイの顔は真赤で有った。


「おい、親父。大丈夫か」


 ピリカはルイへと駆けた。


「親父。吾じゃ。ピリカじゃ」


 ルイは顔を上げ、ピリカの方へと眼を向けて進んだ。が、その歩みは危うく、んのめった。


 ピリカはルイを支えようと、咄嗟に両手を差し出した。


 ルイの身体はピリカの両腕を擦り抜けて、その儘、身体も通り過ぎた。


 ルイは酔っても戦士。脚を踏ん張り、転倒を避け、前へと踏み出した。


 ピリカは振り返り、呆然と成った。


「親父」

 ピリカはルイを追い掛け、右手を伸ばして、ルイの肩を掴もうとした。が、これも擦り抜けた。


「何なんだ。親父。おい、親父。聞こえてんのか」

 ピリカは大声を上げた。


 ルイは振り返る事無く、千鳥足で進んだ。


「待ってくれよ」

 ピリカはルイを追った。


 ルイは何度も転びそうに成り乍ら、館へと向かった。

 ピリカはその都度、ルイに手を差し伸べたが、全てその手を擦り抜けた。


 館に着いたルイが、

「ノンノ。おーい、ノンノ。今帰ったぞ」

 と、声を掛けると、


「あら、御顔。真赤じゃない。如何したの。珍しい。貴方がこんなに酔うなんて」

 ルイの妻、ノンノが迎えた。


「酔うた。今宵の酒はひどく効いてのう」


「そうじゃ。親父は酔い過ぎじゃ。母者。母者は親父と共にイルッカの所へ行ったんじゃ無かったのか」


 ルイに連れて館の中に入ったピリカの問いに、ルイも、ノンノも応じなかった。


「なあ、ノンノ。ピリカと、イラマンテは」


「吾はここじゃ」


「もう寝て居るわよ」


「ちょっと、顔でも」


「駄目よ。折角寝たんだから。ピリカは貴方が帰って来ると遊びたがって寝ないんだから、絶対に起こしちゃ駄目よ」


「だから、吾はここじゃ」

 ピリカが張った声は、空を擦り抜けた。


 ピリカは、赤顔で眠るルイを夜通し見守り、朝を迎えた。


 日が昇り、外で鳥のさえずりが激しくなると、ルイは、突如、苦しみだした。


「おい、親父。如何した。大丈夫か」

 ピリカはルイの肩を掴もうとしたが、やはり擦り抜ける。


「母者。おい、母者」

 ノンノは目を覚まさない。


 すると、

「うぉおおおおおおお」

 と、ルイが悶えた。


 ノンノはこのうめき声に驚いて、目を覚ました。

「貴方、如何したの」


 十年前と同じく、ルイは死んだ。


 程なくして、館には、イルッカと、イルッカに仕える戦士達が入って来た。戦士達は、ピリカがシヌエを施された時に、ピリカを押さえ付けた者達で有った。


「御前等、許さねぇぞ」

 ピリカは、戦士の一人に拳を振るったが、拳は戦士を擦り抜け、空を突いた。


「ノンノよ。イラマンテを連れて吾が館へ行くぞ」


「やはりピリカは」

 ノンノはイルッカに、確認する様に尋ねた。


「そうじゃ。ピリカは、ルイの作った家無き女達の館へ送る。ルイの血を色濃く受け継ぐピリカには、相応しい館じゃ」


 イルッカは、ノンノの腰に手を回し、館を出る様にと、促した。ノンノはイラマンテの手を取ると、ピリカを残して館を後にした。


「母者」

 二人のピリカが叫んだ。


 小さなピリカは、肥えた戦士に担がれた。


「何をする」

 小さなピリカが暴れるのを目の当たりにし、叫んだピリカは、突如、意識を失った。


 どれ程時が経ったので有ろう。


 意識が戻ると、ピリカはヌプリを強く抱き締め、大野の山に座して居た。

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