表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毛国王(the prolog version)  作者: 大浜屋左近
第三章 ~華乃都の貴人~
97/121

第97話 イワオ

「ピリカよ、其方ではいわおには敵わんじゃろ」

 若古は笑い乍ら、ピリカの上に跨る頭と思しき狼に向けて、次の矢を放った。


 頭と思しき狼は、後ろへ飛び、若古の放った矢を、その牙で受け止めた。

 ピリカは、その隙に、前に飛んで地を転がり、若古の元へと寄った。


「のう、ピリカ。其方は儂の矢を薙ぐ事は出来んかったが、観たか、巌を。其奴は戦場を生きる狼。この山の主じゃ」


「吾だって、彼奴みたいに爺が射って来るってのが見えてりゃ、容易く薙いで遣るよ。それより、巌って。爺は、彼奴に名を付けてんのか」


「あぁ、何度も殺り合ったが故、奴には妙に愛着が湧いてな」


「殺り合ったって」


「奴等は儂の仕留めた獲物を狙って横取りして行くんじゃ。特に、兎何ぞは、儂が射った先から、兄弟揃うて、素早くくわえて持ち逃げじゃ」

 若古は、血塗れの狼に気が付くと、

「おい、あそこに倒れて居るんはつむじではないか」

 と驚いた。


「旋」


「巌の弟じゃ」


「爺、あの血塗れの狼は、巌が」


「何」


「だから、その巌が、吾と爺が仕留めた狼に、あそこに倒れて居る狼、旋だっけ、を殺らせたんじゃ」


「何じゃと。何が有ったんじゃ。巌と旋は兄弟でこの山の獣の頂に上り詰め、力を合わせて、他の山からの狼の侵入を防いで居ったのに。それが如何したと言うんじゃ」


「なぁ、爺。巌は、あそこで怯えて居る子にも、あの二頭を向かわせやがったんじゃ。見過ごす訳には行かねぇだろ。そんで、あの子を救おうとしたら、巌達と争う羽目に成った。最低な野郎だぞ、彼奴は」


「まぁ、何が有ったのかは分からぬが、巌にはここから去って貰わねば成らぬ」

 若古が矢を構えると、巌は、旋の番いと思しき狼を促し、その横に寄り添う子狼一頭を連れ、若古が矢を放つ前に、森の中へと消えた。


 ピリカと若古の前には、血塗れの旋と腹を裂かれた狼、矢に射貫かれた狼の三頭の骸と、一頭の怯える子狼が残された。


「爺、如何する」


「この儘、息絶えた狼の骸を晒して置く訳にも行くまい」


 ピリカと若古は、沢岸に穴を掘って、三頭を葬った。


 小刻みに震えて、怯えて居た子狼は、二人が土を積み上げて築いた小さな塚に手を合わせるのを観て、細く悲しき鳴き声を上げ続けて居た。


「爺。こいつは如何する」


「放って置くしかないじゃろ。野生の獣は、野生で生きるより他は無い」


「連れてっちゃ駄目か」


「無理じゃ。狼は人には媚びぬ」


「この儘ここに置いて行けば、また巌に襲われるやも知れんじゃろ」


「仕方が無い」


「可哀想じゃねぇか」


「ピリカよ、其方は、其方が狩る、鹿や猪、兎にも情けを掛けるんか。狼には狼の秩序が有り、その中で命を失う狼に、其方が情けを掛けると言うので有らば、其方は狩りを止めるべきじゃ。生きる力の弱きものが、強きものに制せられて、死ぬ。これは山の定め。その子が強ければ、生き延びよう」


 ピリカは無言で俯いた。


「のう、ピリカ。その芹を持って帰るぞ」


 ピリカと若古は沢を後にした。


 小屋に戻った若古は、何も言わずに芹の猪鍋を拵えた。

 子狼の事が気に掛かり、ろくに手伝いもせぬピリカで有ったが、若古の作る猪鍋は、瞬時にして事を忘れさせ、ピリカは腹一杯と成って、眠って仕舞った。


「爺、今、何時なんどきじゃ」

 ピリカが目覚めると、若古は囲炉裏に薪をべて居た。

「帰らねば。猿に怒られる」


「猿殿はもう御出おいで為さったぞ」


「え」


「もう既に朝じゃ」


「何」


「其方が、随分とぐっすり寝て居るものだから、猿殿には先に毛野の里へと帰って頂いた」


「そっか。なぁ、爺。あの子狼は如何したかのう」


「如何じゃろうか。子狼一匹で生き残るのは難しい。群れに戻れれば良いのじゃがのう。所で、ピリカ。粥が有るが、喰うか」


「喰う、喰う。でも、何だ、爺は米を喰うとるんか」


「当然じゃ。米は美味いと申したではないか。儂は、何も、倭の全てを否定して居る訳では無い。良いものは良い。悪いものは悪い。そう申して居るだけじゃ」


「そっか」

 ピリカは、若古が差し出した、椀一杯に盛られた粥をすすった。芹の猪鍋の残り汁で作った粥は格別で有った。


「爺、帰るよ。遅く成れば、猿の機嫌が悪う成る。彼奴の説教は長い。本当、嫌じゃ」


 腹を満たしたピリカは剣を腰に佩びると小屋を出た。


「おい、爺」


「何じゃ、ピリカ。騒々しい」


「なあ、爺、早く」


「何じゃ」

 若古が外に出ると、小屋の前には、沢で別れた子狼が居た。


「如何したんじゃ」

 ピリカが子狼に近付き、しゃがんで手を差し出すと、子狼はその手を舐め、ピリカに身体を擦り付けた。


「狼が人に媚びるとはのう」

 若古はその解し難い光景に目を丸くした。


「なあ、爺。こいつを連れて行っても良いかな」

 ピリカが子狼を両手で持ち上げても、子狼は抗う素振そぶりを見せず、それどころか、嬉しそうに舌を出した。


「それ程迄に好かれて仕舞うと、捨てるのは難儀じゃな」


「うん。毛野の里へ連れて行く」


「猿殿が何と申すかのう」


「何時もの様に、何とかするさ」


 ピリカは馬に乗ると、子狼を懐に入れ、毛野の里へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ